姉の秘密

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  生き物の伸ばした翼は、鋭利に伸びて姉の肘からやや少し下に掠った。 白い翼に赤い液体が飛ぶ。 大した傷じゃない、俺だってあれくらいの傷ならよく作る。 しかし姉は、できたばかりの傷にちらりと視線をやると目元をやや神経質にひくつかせた。 眉がきゅうと寄って、細身の身体はぶるりと震える。 化粧っけのなかったはずの姉の真っ赤に塗られた唇は屈辱に戦慄いて、突き動かされるように言葉を吐き出す。 『くそ…』 苛立ちと嫌悪感を包み隠さずに込めた言葉。 それは夜の公園にえらく澄んでよく響いた。 そして、その可愛いをこれでもかというほど詰め込んでいるくせに黒一色の衣装をはためかせて大きく跳躍しながら、もう一度大声で姉は言うのだ。 『くっそ野郎が!!』 その瞬間、俺は思った。 これはエロい、どエロいと。 渡辺がこれを見越していたのならばあいつはとんでもない慧眼の持ち主だ。 神聖と清らかさの権化のような生き物は逆上した姉の手によってとんでもない姿にされていくけれど、それは大した問題じゃない。 地味で大人しくて控えめで、こちらの動向を伺っているだけの最近できた野暮ったい姉。 それがコスプレ同然の格好で夜中になにをしているかなんて関係はない。 人とは思えない力をもっていて、しかも正義や神聖とは逆方向に位置しているように見えることだって、正直どうでもいい。 とにかく俺は、このひとが書類上であっても俺の姉という立場にすでにいることがとても嬉しかった。 他人だけど他人じゃない、もう結びつきはできている。 そうか、あとは仲良くなるだけなんだ。 「部活で使うからいつも持ってる。いる?」 俺は可愛い黒猫のプリントされた絆創膏を差し出した。 姉さん、俺はあんたの秘密を守るよ。 それからありふれた弟みたいになふりをして、仲良くなってみたいんだ。 地味で野暮ったい姿の裏で、神聖そのものという雰囲気の白い天馬もどきに向かってなんの躊躇いもなく口汚い言葉をぶつけた姉さん。 俺が姉さんのことを助けるよ。 こっそり夜中に帰ってきても気づかないフリをして、汚れた靴の跡や妙な色をした血のシミだって消してあげる。 夜勤なんてないはずなのに夜通し帰ってこないことを不審がる隙間なんてないくらい、両親へアリバイを証明し続けるよ。 いつかこれ以上ないって程に姉さんの立場が悪くなったって、俺はあんたの味方なんだって嘘一つなく言って見せる。 俺はとてもいい弟になれる。 姉思いの優しい弟だ、なぁ仲良くしたいだろ? 「あ…ありがとう、凛くん」 姉さんは、おずおずと絆創膏を受けとった。 ださいワンピースの下から伸びる細い足はあの生き物を感情のままに蹴り倒したくせに、いまはこんなにも所在なさげに大人しい。 くそ野郎と叫んだ赤い唇は、リップクリームのひとつも塗らないまま困惑したようにへなりと引き上がっている。 そうだな、さすがの俺もこれには参る。 だってこんなの性的な匂いしかしないじゃないか。 「どういたしまして」 俺がいなきゃ姉さんはすごく困ったことになるって、いつかそう分かってもらいたい。 突然できた年上のどエロい姉さんに褒められて甘やかされたいなんて、健康な男子高校生が考えそうなことだろ? これがなりたての家族に対して育まれつつある愛情なのか、それとも別のどろどろした何かなのかなんてまだガキの俺には分からない。 なんせ俺は高校生なんだ、そのへんのところも教えてもらえると非常に嬉しい。 これからに期待だね、姉さん。 俺はにっこりと、びっくりするくらい無垢で幼く見えると評判の笑顔を浮かべた。
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