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1.幕開け
馬車の中には事情を知るわずかな侍女しかいない。
取り繕う必要のないつかの間の時間に、メイリンは馬車がいつまでも王宮につかなければいいのにと願っていた。
思えばラルーシュ国へと向かう途上も、自分は同じように沈鬱な表情をしていた。
いまだ帰国を許されないシャルナのことを思うと涙がこぼれそうになる。
あの人になんといって詫びればいいのだろう。
自分のふがいなさが、恋人だった彼の、大事な妹を罪に落としたのだ。
報われない恋なのは最初からわかっていた。
王国の騎士団に所属されることを許されるほどの実力をもって抜擢されたとはいえ、下級貴族出身のデルフィノが、一国の、それも仕えるべき王女の相手として認められようはずもない。それどころかそのような不埒な想いを主にむけたことさえ、本来処罰対象になるべき案件だ。だからこそ二人は互いの気持ちを口にしたことすらなかった。
メイリンは、ラルーシュ国に向かう際、デルフィノを自分の持参金から外した。彼の目の前でうそをつきたくなかったし、結婚相手にも不誠実だと思ったから。
シャルナも連れて行くべきではなかったのだろう。どんなにシャルナ自身が望んだとしても。そうすれば、シャルナが自分を祖国に戻すために、あんな罪を侵すことはなかったのに、……今となってはすべてが自分の甘えに思えて仕方がない。
その上、父や兄から言い渡された役目を果たせないままに、メイリンはかつて自分を守ってくれていたあの堅牢な檻に戻ることになった。
縁談相手だったラルーシュ国の王太子リュディガーと友好な関係は築くことができた。だが、寄る辺になるかと問われたら不安定なものでしかない。
リュディガーは魅力的な人物ではあるけれど、やはり王となる男だ。やわらかな印象とは裏腹の冷酷な面をもっていることは疑いようがないのだから。互いに敵対しないという文言を引き出せた意味は大きいが、それだけでは弱い。
シャルナは愚かだった。
メイリンは、自分が父や兄のいいなりになるしかない駒なのだと知っている。今回の縁談が流れても、いずれ自分は彼らに言われるがままどこかに嫁ぐことになるだろう。それどころか、今後いままで以上に自分の置かれる立場は厳しいものになるはずだ。
メイリンはゆっくりと目を閉じ、馬車の揺れに身を任せて小さくため息をついた。
そのとたん、馬車がごとっと速度を落とし、そのまま止まってしまった。
一定の速度に慣れきっていた体が一瞬前のめりになって、となりのエネーアという侍女があわててメイリンの体を支えてくれる。
「大事ございませんか、メイリン王女」
「ありがとう、平気よ。でもなにが……」
馬車の窓に取りつけられたカーテンを少しだけ開けてもらうと、緊張をそのまま顔に浮かべた護衛騎士のひとりが寄ってきて、
「どうやら賊がでたようです」
と堅い声で告げた。
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