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8月3日
スマホを弄る彼氏は、おそらく今日のデートコースを検索していて。彼女は隣に立って、ただ待っている。
端から見た私達は、おおよそこんなところだろうか。
恋人という関係は合っている。しかし、失敗を恐れる初々しい関係ではない。互いに気を遣わなくなって、寛大とか諦める関係でもない。
「ねえ」
「...」
「今日は寒いね」
「うん」
目の前の温度計は、猛暑日を表すのにふさわしい数字を表示している。
そう。私達の関係は恋人であっても、今にも腐って朽ちてしまいそうな、消費期限切れの関係なのだ。
私達より後に来た男性が、ひとりの女性と落ち合って木陰を後にする。
もはや私達は、恋人にさえ見えていないのかもしれないな。
口の中が塩辛くなるのは、流れ落ちる汗のせいだ。
「ねえ、どっか入らない?」
汗を拭ったブラウスは、つい何年か前までデート用の一張羅だった。
「いや、いいよ。ここで」
電源を落とす前のスマホの画面。見えてしまった。
女の人の名前。知らない人のことなんて、訊いたってわからない。
なぜか、ミツバチの一生を思い出した。
たった30日の寿命で、色んな役割を経験する。危険の伴う巣外の仕事は、寿命間近のハチが行う。
自然番組を見ながら涙してしまったのは、約束していた夜を1人で過ごしていたからだった。
巣箱から取り出されたはちみつがあまりに眩しくて、ビールを煽りながらむせび泣いた。
今思い出しても、あれは酷い画だった。
賭した命が報われるのなら、いつかこの恋もどこかで報われるのだろうか。
日向に出て行く背中を見送りながら、流れる汗をブラウスで拭った。
はちみつの日
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