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8月4日
もうとっくに汗は引いたはずなのに、皮膚はまだ不快な刺激を受けていると言う。ひとくくりに緊張とはいえないそれに、私はまだ慣れていない。
目当てのネームプレートが掲げられた扉をノックすると、「どうぞー」と間の抜けた返事がくる。飄々とした物言いに、ひとつ息を吐く。ドアを開けるのは、その後だ。
「ひゃあっ」
あまりの眩しさに、目を閉じた。薄暗い廊下とは、別世界だ。部屋の照明と、昼間の日差しが容赦なく襲ってくる。
慣れた目でベッドの上を睨んでも、悪びれることなく手を振られるだけだった。
「せめてカーテンくらい閉めなさいよ」
せっかく冷房も効いているというのに、窓を全開にしちゃ勿体ないでしょ。
「委員長って母親みたいなこと言うよね」
「なっ」
病床の彼は、れっきとした中学2年生で、私のクラスメイトだ。もっとも、通学できない彼は休学の状態に等しく、本当の年齢は委員長である私も知らない。
「夏休み中まで来るんだもん。暇なの」
「明日は登校日ですからね。宿題を受け取りに来たのよ」
「ええっ、マジで?」
嫌そうに歪む表情を見て、制服を着てきて正解だと思った。誰も気にしないとはわかっていたけれど、私は彼のクラスの委員長なのだ。
それでも完成した宿題を並べてくれるあたり、彼は真面目なのだ。以前のクラスの委員長が投げ出してきただけで、ほんとうは渡された課題は全て仕上げている。現に渡したプリントは全て埋めて返ってくるし、だから私も病室に通い詰めている。
「宿題だけで進級できるわけでもないのに」
「あら。1年生の時に不登校だった子は、進級したわ。宿題をきっちりやってね」
だけどその子は、定期テストを受けている。別室に登校しているだけで、出席日数はついている。学校の敷地にたどり着けさえしない彼とは、事情が違う。
「ねえ、これは2週間後の登校日で大丈夫よ」
「来週手術なんだ。体調次第では会えないから」
ここって暇なんだよ。
正面のテレビは、電源が切られたままだ。
何回も同じ事をしてるから大丈夫なんだけど、先生がいつもより怖いカオしてるんだ。
指で目尻を持ち上げる仕草には、素直に笑えなかった。
「自由研究は看護師さんの噂話を徹底追求するから、楽しみにしててよ」
「...ゴシップじゃない、それ」
宿題を抱えて、病室を後にする。昼間の日差しが、皮膚をチクチクと刺激する。
ひとつ息を吸い込んで、ようやく生きた心地がした。
栄養の日
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