8月4日

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

8月4日

もうとっくに汗は引いたはずなのに、皮膚はまだ不快な刺激を受けていると言う。ひとくくりに緊張とはいえないそれに、私はまだ慣れていない。 目当てのネームプレートが掲げられた扉をノックすると、「どうぞー」と間の抜けた返事がくる。飄々とした物言いに、ひとつ息を吐く。ドアを開けるのは、その後だ。 「ひゃあっ」 あまりの眩しさに、目を閉じた。薄暗い廊下とは、別世界だ。部屋の照明と、昼間の日差しが容赦なく襲ってくる。 慣れた目でベッドの上を睨んでも、悪びれることなく手を振られるだけだった。 「せめてカーテンくらい閉めなさいよ」 せっかく冷房も効いているというのに、窓を全開にしちゃ勿体ないでしょ。 「委員長って母親みたいなこと言うよね」 「なっ」 病床の彼は、れっきとした中学2年生で、私のクラスメイトだ。もっとも、通学できない彼は休学の状態に等しく、本当の年齢は委員長である私も知らない。 「夏休み中まで来るんだもん。暇なの」 「明日は登校日ですからね。宿題を受け取りに来たのよ」 「ええっ、マジで?」 嫌そうに歪む表情を見て、制服を着てきて正解だと思った。誰も気にしないとはわかっていたけれど、私は彼のクラスの委員長なのだ。 それでも完成した宿題を並べてくれるあたり、彼は真面目なのだ。以前のクラスの委員長が投げ出してきただけで、ほんとうは渡された課題は全て仕上げている。現に渡したプリントは全て埋めて返ってくるし、だから私も病室に通い詰めている。 「宿題だけで進級できるわけでもないのに」 「あら。1年生の時に不登校だった子は、進級したわ。宿題をきっちりやってね」 だけどその子は、定期テストを受けている。別室に登校しているだけで、出席日数はついている。学校の敷地にたどり着けさえしない彼とは、事情が違う。 「ねえ、これは2週間後の登校日で大丈夫よ」 「来週手術なんだ。体調次第では会えないから」 ここって暇なんだよ。 正面のテレビは、電源が切られたままだ。 何回も同じ事をしてるから大丈夫なんだけど、先生がいつもより怖いカオしてるんだ。 指で目尻を持ち上げる仕草には、素直に笑えなかった。 「自由研究は看護師さんの噂話を徹底追求するから、楽しみにしててよ」 「...ゴシップじゃない、それ」 宿題を抱えて、病室を後にする。昼間の日差しが、皮膚をチクチクと刺激する。 ひとつ息を吸い込んで、ようやく生きた心地がした。 栄養の日
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!