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8月1日
臼杵さんに憧れる後輩は多い。俺だってその1人だ。
仕事ができて面倒見もいいから、上司から一目置かれていて後輩からは慕われている。言動もスマートで気が利くので、女性人気も高い。
だから、不自然なことではないのだ。ある日突然、彼の左手薬指に女性ものの指輪がはめられていても。
「臼杵さん、結婚するんすか」
「うえ、ええっ!?」
でも、気になるのだから訊いてもいいじゃないか。なんでなどと問うてくるので、資料を渡した左手を指差す。
「だって指輪...」
まじまじと人が赤面する瞬間を見たのは、初めてだった。それくらい思考を飛ばさないと、羞恥でまっすぐ立っていられない。
「籍は入れてねえけど、式...いやっ!酔ってふざけただけで...」
とにかく、そういうおふざけをする相手はいるということだ。彼女さんですね。
「はあっ!?ちがっ、ちがうけどっ」
首筋まで真っ赤になった先輩を見て、自分がうっかり口を滑らせていたことに気付いた。ごめんなさい。
心の中で、先輩と思わぬタイミングで失恋してしまった女性陣に手を合わせた。
約束の時間、約束の店。指定席には、既に先客がいた。
「臼杵くん!お先」
「お、おう」
くそう、そんな嬉しそうな顔するなよ。怒る気失せるだろ。
「じゃねーよ!勝手なことしやがって!今日会社でバレて大変だったんだからな!」
「ごめんって。...つーか気付かずに会社に行ったとか、ウケる」
手渡した指輪は、女性の右手人差し指へ。男の指にギチギチにはめられていたときより、生き生きと光った。当然の話だ。
「るせえ。先始めてんじゃねえよ」
「大丈夫、さっき来たとこでまだ1杯目だから」
飲む酒も、好みのつまみも違う。それでも、飲むペースが似ている相手というのは、居心地がいい。
「あっそ。ちょっとおかず頼みすぎじゃね?」
「今日は飲むからいいの!」
最低でも月1回、多いときは週2回。今日のように連日会うのは、初めてのことだ。
「後輩に結婚するのかって訊かれてさ」
「えーなにそれ、ウケる」
ウケてんじゃねえよ。何も言わずに、メニューに腕を伸ばす横顔を見つめる。
高校時代から好きだった。ルックスは好みのど真ん中。
同窓会で再会して、お互いの職場が近いことがわかって、会うようになる。不思議な話じゃないだろ、別に。
酔わなきゃ言えない、言わせてくれない。だったら
「さ、俺も飲むか」
「そうそう」
ふざけんなよ、マジで。
昨夜結んだ箸袋は、とっくになくなっていた。
さっさと白黒つけようぜ。
まっさらな左手の薬指に、今夜も狙いを定めた。
カフェオーレの日
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