この献血バスは心臓に悪い

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「なら、俺の醜態も覚えてないってことか」 「そんな酷かったのか?」 「まあね。看護師さん困ってたし。ハハッ、よかったー」  仕方なかったとはいえ、我ながら本当に酷かった。誰か知り合いに見られていたら今頃恥ずかしくて死にそうになっていただろう。海翔は苦笑したが、ここにもある種の同類がいると思うと、安心とまではいかないものの気持ちが大分楽になった。怖がり様を想像してか、松田の表情もいくらか和らぐ。  ということは、パニックに陥りかけていた海翔にとったあの行動は無意識なのか。 「本当に何も覚えてないのか? 俺のこと励ましたのも?」 「励ました?」 「うん。こうやって、『大丈夫だ』って」  別に実演の必要はなかったのに、海翔の手は自然と、松田をトントンと軽く叩いていた。松田がそうしたように優しく。彼の肩がビクリと震える。 「……覚えてない」  松田は困惑していた。つけ加えると、血を抜かれた後なのに頬が微かに赤くなっていた。予想外の反応に海翔は息を呑んだ。  自分の少々キザな振る舞いに気恥ずかしさを覚えたのか、それとも――?  またボソッと、松田が言う。 「何か悪い」 「な、何で謝るの? とにかく、お前が励ましてくれたお陰で何とかなった。ありがとう」 「……」  2人の間に気まずい沈黙が落ちた。海翔はしばらくアイスを食べることに専念する。松田もそうしたようだった。  バスの隣のこの休憩エリアにいるのは、海翔と松田の2人だけ。呼び込みをするスタッフの声が、テントの日陰の外のまぶしい世界から他人事のように届く。献血は終わったのにまだ胸の鼓動がおかしい。クーラーはあるが気温のせいだろうか。  最後の一口まできれいにすくい、海翔は冷静さを取り繕って未解決のままだった話題を切り出した。 「不良の話だけどさ、ソースは言えないけど、日野とヤバそうな会話してたって聞いた」 「日野?」  学科の男子だ。ややぽっちゃりしていて、不良っぽくはない。松田は眉根を寄せて考え込んだ。 「……『ハサミ2つ刺して、樹海で葬る』みたいなやつか?」 「何それ、めっちゃ怖い」 「そっか。確かにヤバい奴のセリフだわ。ただのカードゲームだから、それ」  フハッと、松田が声を上げて笑った。こんなに楽しそうな彼は覚えている限り初めてで、海翔の心臓がまた新しい跳ね方をする。  
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