この献血バスは心臓に悪い

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 へえ、珍しい。  大学2年生の鈴木海翔(かいと)は、キャンパス内の生協の近くで足を止めた。彼の大きな一重の目に好奇の光が浮かぶ。力があり余っている7月の太陽の下で、夏の風がツーブロックの髪をサラサラと揺らした。  生協脇のスペースに停車した白いバス。その周りに白い2つのテントが張られていて、パイプいすや色々物が載ったテーブルが窮屈そうにセットしてある。いすには誰も座っていない。ポロシャツのスタッフが手にボードを持って、日陰の少ない真昼の通りで学生達に呼びかけをしていた。  海翔が発見したのは献血バスだった。まともに見たのはこれが初めてだ。  体験してみたらいいネタになるだろうか、と考える。できたばかりの彼女にまたフラれてしまった今、女子の関心を引く話題を大量にストックする必要がある。3時限目には講義がなく、4限までちょうど暇だ。いやでも――。  とりあえず写真でも撮ろうと、いいアングルを探していた時、海翔は知り合いの姿に気づいた。  献血バスから2mほど離れて、その男子学生、松田雄司は立っていた。同じ学科なのだが個人的に好感は持っていない。いつもモサッとした髪に、近所のスーパーで買ったような服ばかり。何より感じが悪い。学科の友人から不良の噂も聞いたことがあった。  胸ポケットがドット柄の、人気ブランドTシャツを着てきた海翔とは、タイプがまるで違う。  その松田は視線を上げたりうつむいたりを繰り返し、明らかにソワソワしていた。迷子の園児かお前は、とツッコみたくなる。 「松田じゃん。中入らないの?」  海翔は声をかけてみた。肩をギクッとさせた松田は、普通の紺のポロシャツだったが、記憶より爽やかな印象でちょっと意外に思う。髪が短くなったのか、と無意味な目敏さを発揮してしまった。 「別に。どうだっていいだろ?」  鋭い目、愛想のかけらもない低い声。海翔は眉を跳ね上げた。 「やるならやればいいのに。もしかして注射怖いの?」 「違げーよ! 何だよ……自分が怖がってるからそんなこと言うのか?」  ドキッとした。次の瞬間には、胸と顔が燃えるように熱くなった。口から言葉が勝手に飛び出す。 「はあ? 誰が? 何なら、今から献血しようと思ってたとこなんだけど?」 「えっ?」 「ちょうど3限なくて暇してたし。一緒に行く? ああ、怖いなら松田は無理しなくていいと思うよ?」 「お、おい、待てって」  海翔が白いテントに向かって歩くと、松田も焦ったようについて来た。  
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