濡れに浸る

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 こんな客は初めてだった。  気持ち良くしてくれればそれでいいと、簡単そうで難しいことを言うと、初めはそう思った。少なからず、店を利用する客は、自分から動こうとする男が多い。特に、私の店は他とは少し事情が違う。詳しくは省かせてもらうけれど、いわゆるドエムの女の子が多く働いている店だ。  遠く長野県まで足を運び、初めて会ったその人は、どうにも覇気がないような、元々そういう雰囲気なのか。とにかく、存在感が薄い印象だった。それなのに、いざ仕事に取りかかると、その男の雰囲気からは想像もできないほどの怒張した下半身が現れ、はっとした。正直、大きさも、形も、完全に私の好みだった。途端に頬が緩みそうになり、その人ので口をいっぱいにして誤魔化した。  仕事以外に個別に報酬を頂けるのはありがたかったけれど、不便な場所への仕事に、他の女の子たちはあまり行きたがらなかった。こういう仕事とは言え、そこまでお金に困っている女の子がいなかったからだ。みんなが嫌な顔をする中、最初に私が手を上げてからは、行ける時は私が行っていた。  今日は、お金持ちのその人に、初めて指名を頂いた。今更と思う反面、少しばかり緊張していた。  東京と違い、ここの空気は本当に澄んでいる。私に限らず、誰もが思わず深呼吸をしたくなるだろう。普段、目にすることのない程の自然がここにはある。  ウッドデッキの真ん中で、パーソナルチェアに浅く腰をかけた彼は、大股を開いて小さく微笑んだ。それが合図のように、私は彼の前に膝をついて身をかがめた。彼の固いは、喉の奥まで入れると頭がふわふわとして心地よくなる。舌をぴたりとくっつけて思い切り吸い込めば、彼が気持ち良さそうに天を仰いだ。  そんな時、突然名前を聞かれて驚いた。仕事で使っている名前ではなく、本名を聞かれたのは初めてだった。さらには、こんな状況で告白をされたのも、もちろん初めてだ。冗談が過ぎると言うか、この人はいったい何を考えているのだろうと、少なからず不信感を抱いた。どうすれば、自分の精器をくわえている知り合いでもない女を好きになるのだろうか。物好きにもほどがある。若干引いた目で見ていたけれど、意外にも、この人は本気だった。 「もう、他の男に抱かれるのはやめないか?」  自分で言うのもおかしな話だけれど、すごい台詞だと思った。そんな告白を、聞いたことがあるだろうか。  私の仕事を軽蔑している様子は全くなく、ただ純粋に、「あなたのそばにいたい」と言われては、素直に嬉しいと思うだけだ。  むしろ、こちらが恥ずかしくなってしまった。金に物を言わせ、好き放題女を抱いては豪遊しているのだろうと勝手に決めつけていたからだ。だからではないけれど、すぐには答えられなかった。彼も、後日改めてでいいと言ってくれはしたけれど、そんなに長く待たせるわけにもいかないだろう。  前述通り、興奮している時の彼のの大きさ、形含め、私の好みだった。もちろん、ものすごく厭らしい意味でのそれだ。顔立ちも、性格も悪くない。強いて言うなら、わざわざ私みたいな女を選ぶあたり、変わっていると言われるタイプの人間なのだろうけれど、冗談ではなさそうだ。とにかく、頭が混乱していた。  毎日彼のことを考えていた。彼となら、彼とならと、あれこれ想像した。うまく想像できることもあれば、全く想像できないこともあったけれど、単純にもう一度彼に抱かれたいと思った。いや、私がそうしてもいい。とは言え、いきなりそれではどうかと思い、「お友達から」、などと堅苦しい申し出をした。意外にも、そんな答えに喜んでくれたので、とりあえずは安心した。  しばらくして私は仕事辞めた。社会人になってから、二度目の無職だ。けれど、すぐさま彼が動いてくれ、私にならできると、会社の受付嬢の仕事を紹介してくれた。とりあえずは人間関係もまずまずで、先輩たちは、分からなければ丁寧に教えてくれるし、前の会社にいたような理不尽な人もいない。それに、必要以上に干渉されることもないのでやりやすかった。  彼を知れば知るほど、どんどん惹かれていった。その優しさに、思い切り甘えたくなる。  仕事を紹介すると、東京まで来てくれた時もそうだけれど、たぶんこの男は、女をだめにすると思った。それも、自分では気付いていないタイプのそれだ。簡単に言うと、束縛の激しい女に好かれると言うか、自らそうさせてしまっているのか。なんとなくだけれど、そんな気がした。だからと言って私がそうなのかと言うと、それはまた話が違う。いったいどれだけの女を抱いてきたのか、気になるところだけれど、そこは大人の対応で黙っていよう。  東京で一泊し、翌日長野に戻ると言った彼に、良かったらうちに泊まりませんかと誘ってみたけれど、丁重に断られた。何も考えずに言ってしまった私とは違い、友達だからと言われてしまえば、苦笑いを隠すのに必死だった。けれど、もしよかったらと、泊まっているホテルに誘われた。少しだけ一緒にいたいなどと言われれば、断る理由はなかった。  駅前にある高級ホテルの存在は知っていたけれど、まさかここに自分が来るとは思ってもみなかった。エレベーターに乗り込み、当たり前のように最上階のボタンを押す。静かに上昇するその中で、次第に鼓動が早くなる。彼の後ろ姿を見ているだけで、呼吸が乱れていく。  部屋に通され、今度は違った意味で興奮した。本当に一人でここに泊まるのかと聞きたくなる程、広いという言葉で片付けるには語彙力が足らなさすぎる。
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