濡れに浸る

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「何か冷たい物でも飲む?」  彼に聞かれてはっとなる。 「あ、はい。お願いします」 「適当に座ってて」  そうは言われるけれど、この部屋のはどこに座るのが正解なのか悩んでしまう。  一面ガラス張りの窓から、景色が一番よく眺められそうな場所に座った。 「ジュースは飲まないよね? 水くらいしかないんだけど、何かルームサービスでも注文する?」 「いえ、お水で十分です」  瓶に入った水をグラスに注いでくれる。私のところまで持ってきてくれると、隣に腰を下ろした。 「素敵な景色ですね」  お礼を言い、グラスを受け取るなりそう言った。 「確かにそうかもね。でも、今じゃ自然に慣れすぎて、なんだか不思議な感じ」 「きっと、夜景はもっと素敵なんでしょうね」  グラスを口に運ぶ。冷たい水が、体に染み渡るようだった。  五月と言えど、ここ数日は夏日が続いていた。  彼は、グラスの水を一気に飲み干すと、さらに注ぎ足し、それを半分程飲んでテーブルに置いた。  背中をソファーに預け、一呼吸ついている。久しぶりの東京に、少し疲れたのだろうか。 「体調は、平気ですか?」 「ん、まぁ、大丈夫かな。ごめん、なんか心配させちゃった?」  反射的に首を横にふった。 「──本当は少し緊張してたんだ。春妃に会うの、久しぶりだから。でも、顔が見れて嬉しいよ。ずっと会いたかったから」  さらりとそんなことが言える男性に、今まで出会ったことがない。お陰で、きゅうっと胸が締めつけられる。馬鹿みたいに彼を見つめていると、はにかむみたいに優しく微笑んだ。  彼に触れたいのに、二人の間にあるが邪魔をする。  夕焼けの空を明るいと思ったことはないけれど、今日のそれに限っては、赤がとても鮮やかで、落ち着かない。彼が隣にいるからそうなっているのは分かっているけれど、どうしようもなかった。  彼と同じようにソファーに背中を預け、両膝を抱えた。我慢できずに、彼の体に寄り添った。太い腕が、頭を預けるにはちょうどいい。  次第に日が落ちていく。ぼんやりとそうしていると、彼が私の指に自分のそれを絡めた。  一瞬で目が覚めるような、そんな感覚にすっと息を吸い込んだ。  手を繋ぐとは違い、もっと、何というか、大人のやつだ。まるで、指で遊ぶみたいにそうしているから、こそばゆくてふっと笑ってしまったけれど、顔を上げ、彼と目が合うと、途端に感覚が変わる。ただただ厭らしいだけの、それになった。  堪えきれずに視線を逸らす。すると、何も言わずに私の肩に顔を埋めた。なまぬるい吐息が首に当たる。それだけなのに、まるで彼に抱かれているみたいな錯覚に陥る。  どんどん早くなる鼓動に、自分自身が追い付いていかない。  指で遊んでいた彼が、今度はぎゅっと手を握った。大きくて、温かい。これ以上ない程安心する。 「春妃……」  くぐもった声が、どこか思い詰めたようなそれに聞こえる。耳を傾けるけれど、彼は私の名前を呼んだだけだった。  彼が手を繋ぎ直すから、その動く手元をじっと見つめていた。不意に、違和感を感じて視線を奥に移動させると、彼の男の部分の興奮が見て取れた。はっとなり、けれど彼には気付かれないよう、大きく一呼吸ついた。  彼もまた、に邪魔をされているのかもしれない。  彼は、私が気付いていないと思っているのだろうか。それとも、そんな余裕すらないのか、もはや気付いてほしいのか。  ゆっくりと顔を上げた彼が、私を見下ろして小さく微笑む。彼の興奮に気付いていないふりを決め込んだ私は、同じようにそうした。繋いだ手はそのまま、反対の手で、彼の頭をぽんぽんと優しく撫でた。 「甘えたくなったんですか?」  平然を装うけれど、聞きながらドキドキしていた。正直、甘えたいのは私の方だった。 「……甘えたい」  女のが、音を立てて反応する。 「もう少しだけ、春妃に触れてもいいかな?」  ずるい顔で、さらにはずるいことを言う。うつろな目が、興奮からのそれだと分かる。  本人は、気付いていないのだろう。  彼が私の頬に手を添えた。その温もりをもっと感じたくて、彼の手の上に自分のそれを重ねる。たったこれだけのことに、気持ちが浮き立つ。  見つめ合っていると、次第に彼の視線がずれ始めていることに気が付いた。その視線が私の唇を捉えると、困ったように眉根を寄せた。  目を合わせると、親指でそっと唇を撫でた。  もはやこの行為は、でもなんでもない。言うなれば、前戯のそれと大して変わらないのではと思った。お互い服こそ着ているけれど、気持ち良くなっているのは明かだった。  反動で、彼の指をくわえそうになるのをぐっと堪え、ここで指にキスをするのも違う気がして、正解が分からないまま、彼の頬を手のひらで包む。  どうかすれば、心臓が飛び出てしまいそうだ。  今更だけれど、私に触れてもいいと言うのは、物理的にどこからどこまでの話なのだろうか。と、可愛げのないことを考えていると、彼が私の耳元に顔を寄せた。 「抱きしめていい?」
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