二章『紅き探偵の洞察』-6

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二章『紅き探偵の洞察』-6

「――それで、容疑者に啖呵を切って飛び出してきたのか?」  車を運転している乃神が、助手席の美夜子に向かって言う。 「いやぁ……あたしもつい乗せられちゃって」  乃神は呆れたようにため息をついた。 「あり得んな。そんなことをして、追い詰められた奴が逃走したり、捨て鉢になって暴れたりしたらどうする。責任が取れるのか?」 「はいぃ……すいません……」  窓の外へ視線を向けながら小声で言う。乃神の言うことはごもっともだ。 「シミズさんに遠目から監視するように頼んでおいた。万が一は起こらないと思うが……」 「助かります……」  シミズさんにも、後でお礼を言っておこう。 「あと、こちらでソノダのことについて調べてみた。今回の殺しは、ソノダの死がきっかけだという話だったな?」 「うん。あたしはそう思ってる。ソノダさんの何かしらの行動が原因で、センバさんは彼を殺すことになった。そしてその死を利用して、前々から恨みを持っていたカワラさんとアユミさんを殺したんだと思う」 「ソノダは死ぬ前の前日、つまり一昨日、過去の密輸品取引に関するデータの整理をしていたらしい。何かないかと俺も目を通してみたんだが、およそ5年前……統合前の西支部の記録に、怪しいところがあった。おそらくセンバは過去、西支部からの依頼でダイヤモンドの鑑定結果を偽装している」 「そうなの?」 「ああ。ダイヤの入手先はとある海外ブローカーで、出自の明かせないダイヤを一山いくらで売っている。他の記録を見ても質は安定しているがそこそこレベルのものばかりだ。そこから買いつけたダイヤの中で、一件だけやたら高値で取引された記録が残っている。その取引に関しては他にも怪しい記述が幾つか見られた。センバを抱き込んで、偽の鑑定結果を出させたと判断するのが妥当だ」 「一昨日、ソノダさんはそれに気づいた……。その秘密で脅したってこと?」 「この件について他に何かないかとも思ったが、とくに見つからなかった。5年前の記録で、それ以外には鑑定を偽装したという証明になるものが残っているわけでもない。脅迫の材料としても弱すぎると思うんだが……」 「……もしかしたら、それを基に嘘を膨らませて脅迫したのかもしれない」 「ハッタリをかけたということか」 「うん。もっと何か大げさなことになっていると吹き込んだのかも、センバさんには確認しようもないことでね。でも、自分が黙っていれば丸く収められる……そう言えばセンバさんは脅迫に屈すると思った、けどそれは誤算だった」 「追い詰められすぎたセンバは、ソノダを殺して口封じした……か」  そうだとすれば、センバも哀れだ。それに乗じて殺人を重ねている時点で、同情は出来ないが。 「禊屋、センバはアユミを自殺に見せかけて殺したんだったよな?」 「そうだと思う」 「方法がないわけではないが、首吊りに見せかけて殺すのは難しいだろう。センバは実際にどうやったと考えている?」 「アユミさんは小柄な女性だった。センバさんはとくに体格が良いわけでもなかったけど、殺意を持って襲いかかられたら抵抗は難しかったと思う。あたしが気になったのは、アユミさんの死体を調べた時に見つけた、背中と首の付け根あたりにあった内出血の痕。それと、まだ新しかった顎の小さな擦り傷」  証拠が少ないため想像による部分も大きいが、殺害方法はこのような感じだったのではないか。 「センバさんはアユミさんの家を訪ねた。それから、適当に理由をつけて部屋に入れてもらう。センバさんは以前アユミさんと交際していたそうだし、カワラさんのこととかを引き合いに出せばアユミさんは話を聞こうとすると思う。それからセンバさんは機会を見計らって、アユミさんの殺害に及んだ。センバさんは、アユミさんが背後を見せた瞬間に床に押し倒した。顎の擦り傷はその時についたもの。センバさんはアユミさんの背に乗って、抵抗できないように膝などで押さえつけた」 「背中と首の付け根の内出血はその時のものか」 「そう。後はタオルをアユミさんの首に引っ掛けて窒息死させた。タオルだとロープなんかと違って首の痕はわかりづらくなるのも狙ったのかな。一応、絞め方は自殺に見えるようにしてあったけどね」 「その後センバは死体をトイレのドアノブで首を吊ったように見せ、アユミを犯人に仕立て上げるための証拠を置いていったというわけだな。――だが、どうするつもりだ? これからまたアユミの家に行って、センバを犯人だと証明するための証拠が見つかると思うのか?」  美夜子の希望で、車はアユミの家に向かっている。 「それはわからないけど……」  今朝アユミの部屋で見つけたスマホも調べてもらったが、とくに事件に関する新しい情報は見つからなかった。それ以外も、有力な手がかりは何もない状態だった。 「たしかに昨日センバさんはアユミさんの部屋に行っている。だから、もしかしたらそれを見た人がいるかもしれない。そしたら何か新しい手がかりが見つかるかも」 「そうなることを祈るか」  しばらく車を走らせて、アユミの部屋があるアパートに着いた。住人を警戒させないように乃神には車で待ってもらい、美夜子が一人で出向くことにした。  とりあえず、同じ2階の住人から話を聞いてみようか。センバを目撃していたり、何か物音を聞いていたりするかもしれない。そんなことを考えながらアパートの階段を上っていると、一番奥、アユミの部屋の前に立っている女性の姿が見えた。髪を明るい茶色に染めていて、キャップ帽を被り、薄手のジャンパーを羽織っている。見た目の年齢は20代後半というところか。アユミと同じくらいに見える。  苛ついたようにチャイムを連打しているが、反応はない。……当然だ。もうアユミは生きていないし、死体だって回収されている。部屋には鍵をかけてあるから、勝手に出入りは出来ない。  美夜子は近づいて、声をかけてみた。 「あの、アユミさんのお友達の方ですか?」 「えっ? あ、そうだけど……」 「あたし、シマという者で、探偵をやっています」  懐から名刺を取り出して相手に渡す。こういう突発の聞き込みに対応出来るよう、名刺入れには計15種類のでたらめな名刺を入れて常に持ち歩いている。どこで何と書かれた名刺を渡したかは全て覚えているので心配はない。 「た、探偵……?」 「お名前をお訊きしても?」 「ケイだけど」  ケイ……たしか、アユミのスマホの通話履歴に名前があった。昨日の朝方に電話していたはずだ。 「探偵が何してるの? アユミのこと、調べてんの?」  ……どう切り出せば、情報を得やすいだろうか。ここで選択を誤れば、何も話してくれなくなるかもしれない。……よし、これでいこう。 「……実は、アユミさん。駆け落ちされたみたいで」 「はっ?」  ケイはキョトンとした顔になる。 「ご存知ありませんか? アユミさんに交際相手がいらっしゃったって」 「カワラ君のこと?」 「そうです。そのカワラさんと駆け落ちしたと、でも大丈夫だから警察には連絡しないでと、ご両親に連絡があったそうなんです。しかしそれでも不安に思われたご両親から、行方を探してくれと依頼を受けまして」 「マジかよ、なんじゃそりゃ……ああでも、あいつのことだからないとは言い切れない……」  ケイは顔を覆って大きなため息をつく。それからハッと思い出したように、 「でも、私昨日の朝、あいつと電話してるんだよ。その時は全然、そんな感じじゃなかったのに。ほら、見て」  ケイがスマホの画面を見せてくる。確かにアユミとの通話履歴が残っている。昨日の朝、10時15分だ。アユミのスマホにも同じ履歴が残っていたのを覚えている。ケイからアユミのほうにかけてきていたはずだ。 「ご両親に連絡があったのは昨日の夕方頃でした。あなたと電話をした後でそう決心したのかもしれません」 「んだよ……チケットどうすんだ」 「チケット?」 「ああ、今度、私とあいつが好きなアイドルのコンサートがあってさ。知ってる? 『PassMode(パスモード)』ってグループ」 「ええっと、名前は聞いたことあります」  そういえば、アユミの部屋でそのグループのCDを見かけた覚えがある。 「めっちゃかわいいしカッコいいから一度聞いてみて! で、二人でそのコンサートのチケット取ろうって話してたの。昨日の朝電話したのは、その件。一般チケットの予約が昨日の10時から開始だったんだけど、アユミに予約を任せてたんだよね。で、あいついつも忘れっぽいから不安になって電話したわけ。そしたら案の定よ。『あっ、もうすぐ予約開始だね~』なんてすっとぼけたこと言うから、いやもう始まってるよバカ!っつって」 「はぁ……そうだったんですか」 「結局、私が二人分予約したよ。あいつデート中だったみたいだし」 「デートって、カワラさんとですか?」 「そりゃそうでしょ。ええっと、どこって言ってたかな。なんとかって質屋に来てるって言ってた」  千羽堂のことだ。そうか、ちょうど二人があの店を訪れている時に、ケイは電話をしたのか。 「アユミさん、他に何か言ってませんでした?」 「いや、これといって他の話はしてないけど……あっ、そのチケットの話の途中だったかな。なんかすげぇ剣幕で怒鳴られてるのが聞こえた。どうもアユミが勝手に店の商品の……ええと、花かなんかに触ったのがマズかったらしくて、店主に怒られたんだって。初めて来たのにわかるわけない、あんなに怒らなくていいのに、って文句言ってたな」 「その店主のことで他に聞いたことはありますか?」 「何も? まぁ、その店主とカワラ君が、アユミのことそっちのけでずっと話してたらしいよ。仲間外れの気分だって言ってた」  ……電話の件についてはこれくらいか。 「ケイさんはカワラさんとも仲が良いんですか?」 「仲良いってほどでもないけどね。何度かアユミと三人で飲んだことがあるくらい。友達として接する分には面白い人だとは思うけど、付き合うのは大変そうだなって。私最初にあれ見た時ドン引きしちゃったもん」 「あれ、とは?」 「カワラ君さ、いっつもナイフ持ち歩いてんの。しかも結構ちゃんとしたナイフ。マジかよってなったよね。ヤカラすぎるだろって。思うでしょ、探偵さんも?」 「ん、まぁ……でも、お守りみたいにしてる人もいるって聞きますし」 「お守りか……ま、本人的にはそうなのかもね。見せびらかすだけで使ってはいないみたいだし」 「使ってなかったんですか?」  ケイは頷いた。 「うん。旅行先で一目惚れして買ったナイフで、一度も使ったことないって言ってた。それでも手入れは欠かしてないらしいけどね」 「その話、アユミさんも当然知っていますよね?」 「そりゃそうよ。アユミも一緒の席で話したことなんだから。探偵さん変なこと気にするね」 「ああ、すみません。癖なんです、細かいこと気にしちゃうのが」 「そう、まぁいいや。で、他に話しておいたほうがいいことある? 協力するよ」  もう必要な情報は手に入った。後は適当にお茶を濁して、ケイと別れることにする。 「――じゃあ、あたしはこれで」 「ああ。あいつ本当しょうがないやつだけど、頑張って見つけてやってよ。何かわかったら連絡してよ、手伝えるかもだから!」  美夜子は一礼してから振り返り、ケイと逆方向に歩き出した。少し歩いてから、誰にも聞こえないくらいの声で呟く。 「……すみません」  彼女がアユミの死を、そしてその真相を知ることはないだろう。当人にとってそれが良いのか悪いのかはわからない。友人の無惨な死に悲しまないで済むのが幸福なのか、あるいは、それすら知らされずに置いていかれるのが不幸なのか。事件の調査に出ると、度々こういうことがある。そしてその度に、自分がどうしようもなく残酷なことをしていると思い知らされるようで、押しつぶされそうになる。  乃神が待つ車に戻った。美夜子がドアを開けると、乃神は見ていたスマホを仕舞う。 「早かったな。……どうした、何かあったか?」  助手席に座って、美夜子はゆっくり息を吐いた。 「乃神さん。千羽堂に行ってくれる?」 「……何か掴んだんだな?」  頷く。彼との決着をつけに行こう。  美夜子は右手の人差し指を口元の前で立てる。 「謎は、禊ぎ祓われた」
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