〈再び矢が迸る日に〉

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 …いや、まあ俺は憂炎様と違って静芳様はあまり好きじゃない。  遠目にしか拝見できないがあの方の吊り上がった目や、きつそうな唇はいつ見ても狡猾そうに見えてしまう。失礼かもしれないけれど。    陛下は静芳様を寵愛しているというが…本当にそうか?  寵愛とは、何も形式や言葉だけじゃないはずだ。  例えばこの件の陛下の様に———。  雪花が戻らないと知れば衣服さえ乱れたまま馬を走らせ、雷浩宇に良い様にされていた雪花を奪い返すというあの行動。  また、奪い返した後も肩を抱き片時も離さずにいた。  まるで雪花が自分のものであるかのように。  雪花を熱のある瞳で見つめ、そして…    …正直堪らない。  あの日偉担のイカれた虐殺から逃れた俺たちの前に現れた謎の少年。  何事にも動じず冷淡とし、人間ですらなかった俺たちに「忠誠を誓え」と手を差し出した。  ————生きる道を陛下から貰った。    後から知ったが偉担は法に基づき死にはしないが刑罰を受けたらしい。  その偉担の親である粗灘は15歳以下の少年、少女らの奴婢を良識のある貴族に譲渡することになり、またそれ以上奴婢を買うことを禁止されたという。    それから19歳で即位した陛下がまず一番初めに行った改革は「奴隷制度」の廃止だった。  あの方は歴代皇帝がしなかったそれをやってのけたのだ。    この恩はまだ返し切れていない。  いつも淡々としていて太子時代から突然ふらりといなくなり、未だに何考えてるかさっぱり分からない陛下にもついに遅い春が…  そう思うと何故だか自分の事のように堪らなく嬉しいのだ。  幼い頃は確かに大切にしていた雪玲妃の裏切りに合い、益々側室を避けているとばかり。  その陛下がまた人を…することができたのが感無量に思えた。  それにまだ若干の疑いは残るものの雪花は一度、陛下の危機を救っている。  それを思えば雪花が陛下に害を成すものだとは…もう思えないということだ。  「うわあ…。いっそ空虎に話してしまいたいけど、やっぱりこれだけは駄目だよねえ。  陛下のお気持ちが定まるまでは…ね。」  「小鷹様何か言いましたか?」  他の影衛隊が、にやにやと怪しく微笑う小鷹を見てそう声を掛けた。
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