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〈真夜中の水浴び〉
…火藍の森の中で会った時からどこかで見た事があると思っていた。
あれは一年前の朱城だった。
そこら中に火の手が上がり、黒く燻った煙が立ち込めていた。
警鐘が鳴り、逃げ惑う妃や宮女らの悲鳴が入り混じる。
剣先のぶつかり合う甲高い音。
敵勢と自国の護衛兵らが激しく斬り合っているのが分かった。
そのうち西門が破られて、どかどかと地を踏みつける複数の足音が響き、叫声が聞こえた。
『いたぞ!あれが皇帝だ!』
『討ち取れ…!』
そう言って弓を射るように指示を出したあの時の長髪男。あれが雷浩宇だったのだ。
振り返ると無数の矢が、まるで雨のようにこちらに向かってくるのが見えた。
目の前には毒のせいで意識を朦朧とさせた雲嵐がいて———
どんなに恐ろしい、無数に飛んでくる矢からでも、人を盾にして生き残った兵が居たという話を父から聞いたことがある。
「……雪……玲……?」
ああ…何年ぶりに雲嵐に触れる事ができただろう。
身長も伸びて、いつの間にこんなに逞しくなったのか。
身体はがっしりとしていて、硬い。
それに衣服から少しだけ覗いている懐には、刀傷のようなものが見えていた。
私の知らない雲嵐がそこにいた。
後宮に入ってからはいつも顔を合わせればケンカばかり。
早く追い出してくれれば良かったのに。
ちっとも可愛くなかったでしょう?
…でも良かった。
こうやって貴方の盾になれたのだから。
————なぜこんなにも貴方を嫌いになる事ができないのだろうか?
貴方は私を嫌いなのに。
久しぶりに見た呂色の瞳がしっかりと私の瞳に映っていた。
「はい……陛下……。」
何でそんな顔をしているの?
泣きそうに眉間にシワを寄せて。
やだな雲嵐…
ごめんね。綺麗な貴方の服に血を吐いたりして。
貴方の高貴な手を私なんかの血で染めたりして。
どうして…私はずっと変わらず貴方がこんなに愛おしいのだろうか?
同じ気持ちになることは絶望的にないのに?
でもそんな顔されたら…そんな声で叫ばれたら………
雲嵐、実は貴方が私を好きでいてくれるんじゃないかって夢を見てしまったのよ。
「…駄目だ、雪玲っ、………駄目だ……
逝くな……!駄目だ……!!!
逝ってはならぬ………まだ………何も言ってないのに……雪………玲……………」
…泣かないで。雲嵐。
幼い頃に私があなたを守るって約束したでしょ?
その約束を果たした、それだけなのだから——————————。
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