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そう言ってやったら、裕哉の態度が一気に変わった。
「前の方で! お願いします」
満面の笑顔。
この場をごまかすために言っただけで、俺がこの家を頻繁に訪れることはしばらくはないだろう。まだまだ、あと一年以上現役だ。
あ、あと一つ言っておかないと。
こっちは千里にも聞こえるように言っておく。
「もうしばらく、俺も殿前に顔を出すことがあると思うけど。
そこで会っても、他の奴と同じように接するから。
そこは、ちゃんとしてな?」
それは、俺たちのためじゃない。
裕哉のためだ。
翔さんや木村さんも、現役時代に俺のことを決して特別扱いしなかった。
それは、俺が周囲からいらんやっかみを受けることを避けるため。
那奈の弟として気にかかってたはずなのに、そんなそぶりもほとんど見せないでくれていた。卒業してからは仲間に入れてもらえてると思うけど、現役時代はもう完全に線を引いてくれてたんだ。
俺は、その気遣いを下の学年に伝えていかなきゃいけないと思うから。
「はい!」
どこまで理解しているかはわかんないけど、素直な奴なんだろう。
弟、かわいいな。
たまたま休養期間に当たったから家にいたんだけど、ここで会えてよかったと思う。そんなに落ち込んでる様子でもないし、また夏に向けて頑張っていけばいい。
そんな感じで、俺の生まれて初めての彼女の自宅訪問イベントは終了した。
帰宅してからは、那奈にも母親にもどうだった、どうだったと聞かれ…
うちでの俺の立ち位置は裕哉と一緒なんだなと、改めて思う。
いくつになっても、下の子は下の子扱いなんだよ。
理不尽だ。
でも中学からずっと、うちでは大して話もせずにブスブスしてた自覚がある。
那奈に対しては、必要なことはしゃべってたつもりだけど、確かに親と話すことなんて…何年もしてなかったな。
ちょっと反省する。
そろそろちゃんとしないとな。
家族全員が大人になり、多分数年内に那奈も俺も、この家を出ることになる。
大人同士としての家族関係を、ここから作っていかないと。
そんなことを思った。
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