自宅訪問【拓人+千里】

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お母さんも、千里のそんな性格はよくわかっているんだろうと思う。 俺とはちゃんと初対面を装ってくれた。 「…初めまして。 いつも千里がお世話になってます。 どうぞ、上がって?」 結果的に、千里の弟がいい仕事をしてくれた。 なぜか俺の隣を陣取って、次から次へと話しかけてくる。 反対隣りは千里なんだけど…きょうだいに挟まれて、しかも弟からばかり話しかけられるというおかしなシチュエーションに笑いがこみあげてきた。 俺の心にずっと渦巻いていた不安とか、『いきなりケンカ売られたらどうしよう』みたいな心配は、一気に吹っ飛んだ。 「裕哉くんは、千里と三つ違いだろ? きょうだいで入れ替わりだろうに、よく俺の顔まで知ってたな」 名前と出身校を言えば、『ああ、あの!』とか言ってもらえることは、今でもたまにある。でも顔を見ていきなり特定されるのは、珍しい。 そう尋ねてみると、興奮気味の言葉が返ってきた。 「だって。俺が殿前に進学を決めたのは…俺が中二のときの選手権を見て、だし。先輩たちがいる間にと思って、インハイの予選も見に連れてってもらったりしてました。 あ、あと、ちょっと待ってください!」 そう叫んで、バタバタと階段を駆け上がっていく。 「…ごめんね、騒がしくて」 千里が申し訳なさそうにそんなことを言ってくる。 千里は結構落ち着いていて物静かなタイプだし、多分お母さんも似た系統だ。 お父さんはまだよくわかんないけど、弟があれということは、お父さんがそっち型なんだろうか。 いきなり突然変異でああはならないだろうと思うんだけど。 「いや、楽しいよ。 うちでは俺が一番下だから、新鮮」 正面に座ったお父さんも、既に苦笑いしてる。 「あいつは僕とよく似た性格に育ったからなぁ。 もうちょっと相手してやったら、気が済んでおとなしくなるから」 だって。やっぱり。 お母さんが千里のタイプなんだな。 二階からごそごそと物音がして、ドタドタとまた階段を駆け下りてきた。 …階段から落ちたりするなよ。 「これ! これに、あとでサインとか、してください!」 そう言って差し出されたものを見て、俺は本気で頭を抱えた。
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