愛してる は I love you.

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翌日の土曜日、私は自宅で部長を待つ。 なんでも車で迎えに来てくれるらしい。 10時。 私の携帯が鳴った。 『真央? 今、着いた。君のマンションの下にいるから、下りておいで』 電話を切ると、私は姿見で全身を確認する。 ラベンダーパープルの落ち着いた色目のフレアラインのワンピース。 首には、小粒の淡水パールをチェーンで繋いだ可愛らしいネックレス。 仕事ではいつも一つに結んでる髪も、緩めに巻いてハーフアップにしてみた。 私、なんでこんなにおしゃれしてるの? 部長に会うだけなのに。 自分でもよく分からない。 分からないけれど、私は前髪を手で軽く直して玄関に向かう。 マンションを出ると、黒いSUVが1台、路肩に止まり、その横には部長が立っている。 「Good morning, Mao.」 やっぱり英語。 英語が苦手な私は、部長の前に出ると、ドキドキが止まらなくなる。 「おはようございます」 私は、頑なに日本語で答える。 私だって、Good morningくらい言えないわけじゃない。 でも、本場の綺麗な発音で話す部長に、私なんかのカタカナ英語を聞かせたくはない。 けれど、部長は特に気にする様子もなく、助手席のドアを開けてくれた。 これがレディファーストってやつかぁ。 私は、そんなことを思いながら、助手席に乗り込む。 「俺の部屋でもいいんだけど、真央は嫌だろ?」 尋ねられて、私はこくこくとうなずく。 部長を信用してないわけじゃないけど、やっぱり一人暮らしの男性の部屋へは行けない。 「じゃあ、やっぱりあそこかな?」 部長に連れてこられたのは、カラオケボックス。 確かにここなら大きな声で喋っても文句を言われない。 部長は意外にもちゃんと丁寧に英語を教えてくれた。 「あの、これ、レッスン料は……?」 こんなに丁寧に教えてもらったら、無料では申し訳ない。 すると、部長はまた笑い出した。 「いるわけないだろ。その代わり、3年でアメリカで生活できるくらいの英会話力を身に付けろよ」 は? 「無理ですよ! 私、英語苦手ですもん」 私は両手を振ってみせる。 「大丈夫だよ。最終手段も考えてるから」 最終手段? なんだろう? 私はまた首を傾げる。 こうして、私は、毎週土曜日、部長と英会話レッスンをして過ごす。 慣れない英語にドキドキしながら。 そうして、いろいろと鈍い私が、ドキドキの原因が英語のせいじゃないと気づいたのは、それから3ヶ月も経った後のことだった。 私たちが付き合い始めた時、部長が教えてくれた。 私にだけ英語で話しかけてたのは、英語でなら、社内で初対面の部下を、Maoってファーストネームで呼んでも、違和感なく受け入れられるからだって。 そして、出会ってから3年経った今、私はニューヨークにいる。 1年前に部長が取った最終手段のお陰で、私は日常生活に困らない程度に英会話ができるようになった。 1年前、私は、所 真央(ところ まお)から坂本 真央(さかもと まお)になった。 その上で家庭内日本語禁止にされたのだ。 それでも、部長が支えてくれたから、1年間頑張れたし、そのお陰で、今、ニューヨーク支社長夫人が務まっているんだと思う。 Mitsuru, I love you, forever. ─── Fin. ─── レビュー・感想 ページコメント 楽しみにしてます。 お気軽に一言呟いてくださいね。
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