ドキドキの理由(オリエンテーリング)

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6月26日 オリエンテーリングの日 1966年のこの日、東京・高尾山で日本初のオリエンテーリングが行われた。 **********  「私が優勝だ。なにせチェックポイントを45も回ったからな」  「45ぐらいで自慢するな。俺は52だ」  「多さだけを自慢するな。私は断崖絶壁にあるチェックポイントを回った」  「私なんて、湖の底にあったチェックポイントまで行ったわ」    表彰会場は騒然としていた。みんな、自分が優勝だ、と叫び、自分の功績を自慢し合っていた。  いや、自分の功績を自慢し合うだけならまだしも、罵り合う集団もあった。  「よくも裏切ったな」  「裏切られるほうが間抜けなんだよ」  「利用するだけ利用しやがって」  「何でも上手く利用した者が勝者になるんだよ」  騒然し、ごった返している中、僕はかき分けながらミューを探していた。  僕は優勝と関係ないと思っていたし、それよりなにより早くミューに会いたかった。  「みなさんお静かに。お静かにお願いします」と主催者がマイクで(うなが)す。  すると騒がしい会場が、徐々に、徐々に、静まる。  マイクから出るキーンという音が会場に響いた。そしてマイクのキーンという音が消えると、主催者が力強い声で、「これよりオリエンテーリングの優勝者の発表を致します」と言った。  会場の照明が一旦消えた。暗闇の中、突如、複数のスポットライトが照らされる。静まっていた会場にドラムロールが鳴り響く。複数のスポットライトが、会場を縦横無尽に動き出す。会場には異様な緊張感が漂う。しばらく繰り返されるドラム音のあと、シンバルが一回大きく打ち鳴らされた。  主催者は声を張り上げ発表した。  「今回のオリエンテーリングの優勝者は、ベータさんです」  主催者が呼んだ名前は、僕の名だった。複数のスポットライトの全てが、僕のいる一点に集まり照らした。  僕は驚いた。青天の霹靂(へきれき)とはこのことだ。みんなの話を聞いていると、優勝はない、と自ら自覚していた。だから、主催者が言い間違えたのだと僕は思った。  会場にいるみんなが皆、スポットライトに当たっている僕を見た。僕はどうしていいのか分からず、ただ立ち尽くすだけだ。  そんなとき、僕の前に飛び出すように出てきた者がいた。ミューだった。  ミューは僕に手を差し伸べ、「優勝、おめでとう」と言った。  僕は伸ばされたミューの手を握ることは出来なかった。優勝は間違いだと思っていたから。だから僕はミューに言った。「これは、何かの間違いだよ」と。  ミューは僕の手を取り、強引に自分の手を握らせ、握手をさせた。  「たぶん、間違ってないと思うよ。きっと君が優勝なんだ」  ミューは僕の目を真っすぐ見ながら言った。 ~~~~~~~~~~  僕たちは旅行者。宇宙を旅する旅行者。  僕たちは星から星へと、宇宙船に乗って旅をしていた。  先ほどから、主催者、とか、旅行者、という名前を使っているが、でも僕たちは人ではない。僕たちの概念を表す言葉が見つからないので、そう呼ばしてもらった。  だから僕たちは、宇宙人ではない。そもそも生命体ですらない。僕たちは、意識のあるエネルギー体、と言うのが一番しっくりくる説明だろう。  生命じゃないので、ほぼ永遠という時を存在できる。そうじゃなければ、この宇宙を旅することは不可能なのだ。宇宙はとてつもなく広い。星と星の間でさえ、何万光年という距離があったりする。つまり光の速さで動く宇宙船でさえ、何万年もかかるということだ。  だから僕たちみたいな、命を持たないエネルギー体くらいしか、宇宙を隅々まで旅することは出来ない。  そんな僕たちが久しぶりに、ある星に着陸する。ひとつ前に着陸した星は、何千年前か、何万年前か、そんなことはもう忘れてしまった。しかし、久しぶりの星に、みんなが皆、色めき立っていた。さすがに宇宙船の中ばかりいると暇で暇で仕方ない。  星に着陸すると、宇宙船の添乗員が発表した。この星では、みなさんでゲームをして楽しみましょうっと。添乗員が主催者となり、この星でオリエンテーリングをすることになった。  僕たちは、まず、この星でゲームを成立させるために肉体を貰った。エネルギー体の僕たちのままだと、能力が高すぎて、ゲームをつまらなくしてしまうからだ。  僕らは、空を飛び、休息の必要性もなく、透視、念力、テレパシーなどなど、何でもできてしまう。それらの能力に制限し、この星で生きていくための最低限の肉体を渡された。  そして、その肉体を使い、オリエンテーリングをする。    オリエンテーリングとは、地図とコンパスを持ち、決められたポイントを回るゲームだ。しかし、今回のオリエンテーリングは一味違う形で行うことになった。  まずコンパス。コンパスは普通の方位磁石。みんなに一個配られた。  次は地図。地図は少し変わっていた。その星の地図だけど、チェックポイントの数が地図によって違う。十個ほど記載されてる地図もあれば、一個しか記載されてない地図もある。ランダムで地図を取り、ポイント数の多い地図を選べば有利となる。  地図以外にも差があるのが、時間。ゲーム時間もランダムに選んで、持ち時間が決まる。長い時間を選べれば、それだけポイントを回れて有利となる。  地図や時間だけでなく、もう一つランダムで選ぶものがあった。それは能力やアイテム。主催者から、みんなノーマルな肉体を貰っているが、それプラス、ランダムで別オプションが一つ与えられる。体力。脚力。腕力など。はたまた知識。饒舌。そのほかに運や乗り物、というものもあった。  このように今回のオリエンテーリングは、最初に何を選べたかによって、ゲーム結果が大きく変わってくる。    チェックポイントが多く記載された地図。長いゲーム時間。オリエンテーリングに向いているオプション。この3つを選べれば優勝しやすくなる。  僕たち参加者は、地図、時間、オプションをランダムに選んだ。  みんな選ぶたびに一喜一憂していた。  みんなの準備が完了したのを見て、主催者は言う。  「最後の一人の時間が無くなったときが、ゲーム終了です。そしてゲーム終了時、優勝者を決めたいと思います。では、みなさんで楽しんで下さい」  宇宙船に乗っていた僕たちは、一斉にこの星のてんでんバラバラな場所に転送された。どうやらスタート時点も全員違うようだ。  僕が着いた場所は草原だった。ぐるりっと一周見渡してみた。右手側の遠くに川が流れていた。その川に沿って紫色の花がぎっしりと咲いていた。その他に目立った目印はなかった。  僕は持っていた地図とコンパスを取り出した。コンパスで川は東側だと分かった。だけど、その川が地図上のどの川は分からなかった。  僕はしばらく地図とにらめっこした。だけど、僕がいる現在地が分からなかった。  僕は地図とコンパスをしまった。その代わり、僕は地面に落ちていた一本の棒を手にした。その棒を立てた。そして手を離した。棒は倒れた。  僕は棒の倒れた方向に歩きだした。  草原を歩くのは気持ちが良かった。目の前に広がるのは緑色の地平線。そして、その緑色に覆い被さるように空の澄んだ水色が遥か彼方(かなた)まで広がっていた。  水色の空には一掴みの真っ白い雲。雲も僕と同じ方向に進んでいく。時折吹く風が、僕と触れ合っては去って行く。  なんて素敵な星なんだ、と僕は思った。たまに見かける動物たちも優しい表情をしていて可愛らしかった。  僕がしばらく歩いていると、オリエンテーリングをしている仲間に出くわした。  「やあ」と僕は気楽に相手に挨拶した。  相手から返事は返ってこなかった。なにやら僕を警戒しているようだった。僕は構わず話し掛けた。  「ねぇ、君はここがどこか分かるかい?」と訊ねた。  「君はどこにいるのか分からず歩いているのかい?」と相手は不思議そうな顔で言った。  「うん、そうなんだ」  「なんで地図を見ないんだい?」  「地図の見方がいまいち分からないんだ。どうやったら地図を見て、今いる場所が分かるんだい?」  「地図だけじゃ分からないよ。周りを歩き回って、地形を調べて、コンパスで確認して、そして今いる場所を割り出すんじゃないか」  「そんな面倒なことできないよ。それよりも進んだほうが、手っ取り早いだろ?」  「どこを歩いているのか分からないのに、どうやってチェックポイントまで辿り着こうとしてるんだい?」  「歩いてれば、誰かに会うと思っていたんだ。それで会ったときに現在地を教えてもらえばいいやって思っていたんだ」  「我々は今、競技中だよ。競い合ってる最中だろ?」  「うん」    相手は僕を不審者のように見ている。僕は相手の和ます意味で笑顔を向けた。  相手は何かをしばらく考えているようだった。  「とりあえず、君のオプションを教えてくれないか?私のも教えてるから」と相手は提案してきた。僕は相手の提案に快く受けた。  「私は『効率』」と相手は言った。それを聞いて、今度は僕が自分のオプションを相手に伝えた。  「へー、それは大変だね」と相手は言い、薄ら笑いを浮かべた。  「よし、こうしようじゃないか」と相手は提案を持ちかける。「君の地図には何個のチェックポイントが書かれてる?」  「僕のチェックポイントは全部で五つあるよ」  「じゃあ、私は現在地を教える代わりに、君はこの場所から近いチェックポイントを三つ教えてくれ。この交換条件でどうだい?」  「えっ?五つ全部教えてあげるよ」  相手は驚いた表情をした。「君は本当にバカだね。こっちは三つでいいって言ってるのに。競っている相手に有利になるような提案するなんて」  僕たちはお互いに情報を交換した。僕は五つのチェックポイントを、相手は現在位置を。  情報交換して分かったのだけど、僕が今、歩いてきたすぐ近くにチェックポイントがあったのだ。  「ここから、すぐ近くだから、戻ってチェックポイントを見つけに行かないか?」と相手は言ってきた。  私は少し考え、「僕は、いいや」と言って断った。  「なんで?」  「だって、さっき歩いたところを帰るんだろ?同じ景色を見たって、つまらないもん」  「はぁ?チェックポイントを回る競技してるんだぞ」  「うん、だから僕はこっちの側のチェックポイントを目指すよ」  僕はそう言って、地図の書いてあるポイントを指さした。そのチェックポイントは、棒が倒れた方向のずっと先にあるポイントだった。  「またこっちに戻ってきたときに、そこのポイントに行くよ」と僕は相手に向かって言った。  相手は呆れていた。「効率を考えたら、まず今いる場所の近くあるチェックポイントを巡りのが正解なのに、君は本当に…」    相手は最後の言葉は言わなかった。「君と話していても時間の無駄だよ。じゃあね」と相手は言い、近くのチェックポイントを目指し歩きだした。    僕は「現在地を教えてくれ、ありがとう」と礼を言った。「またどこかで会いましょう」と手を振って別れた。  草原を歩いていると、時折、花畑に出くわす。紫色の花も綺麗だったが、赤色の花も、黄色の花も、ピンク色の花も、どれも綺麗だった。歩いていて違う景色に出会うことは最高の喜びになった。  そうやって違う景色と出会うように、歩いているのオリエンテーリングの仲間と出会うこともある。出会った相手には、僕から話し掛ける。相手は最初は警戒する。しかし、お互いのオプションを教え合うと、相手はなぜか「残念だね」とか、「お気の毒様」と言ってくる。でも、それ以降、僕への警戒心が緩む。  相手とは情報交換をする。知っているチェックポイントの場所を教え合う。相手は一か所か二か所のポイントしか教えてくれないが、僕は知っている場所全部教える。相手は大概、「僕たち競っているんだよ」と言って驚かれる。でも僕は代わりに、「君の見た中で一番良い景色の場所教えて」と頼む。でも、相手の答えは決まってこうだった。「いちいち景色なんて気にしてないよ。今は競走中なんだから」っと。残念だ。  しばらく進むと、草原の中に建物が建っている風景が現れた。その近辺で僕は初めてのチェックポイントに辿り着いた。地図を見ると、そのポイントにチェックマークが付いた。この地図に、チェックマークをたくさん付けることを思い浮かべるとワクワクしてきた。チェックマークが増えることは、すなわち、いろんな景色も味わえるのだから。  僕は再び歩き始めた。    草原地域を抜けると、都市部になる。出会った人の情報によれば、都市部は、この星の中央にあり、いろんなものが混じり合い栄えている場所だ。でも都市部にはチェックポイントはなく、でも休息や情報収集には向いている場所だという。  情報収集の結果、この星は、大体五つの地域に分かれている。  一つは、僕が今いる都市部。二つ目は、僕が今まで歩いてきた草原と花の地域。三つ目は、砂漠と海の地域。四つ目は、雪と火山の地域。五つ目が、山と雲の地域。    それぞれの地域で、それぞれの美しい景色があるみたいだ。みんなはオリエンテーリングに夢中で、景色なんて興味ないって感じだけど。  僕は次のチェックポイントを決めた。それは砂漠と海の地域に行こうと思う。この地域は夜になると、星がすごく綺麗らしい。やはり僕たち宇宙を旅している者としては、この星から宇宙がどう見えるのか確かめないと。でも、注意も必要だ。この砂漠地帯は、喉が渇くし、歩きにくいし、結構骨の折れる地域だという。でも僕は行先をそこに決めた。  そして情報収集をしていて、もう一つ知ったことがある。それは、このオリエンテーリングに参加しているメンバーで、お互いにタッグを組んだり、グループを組んだりする人もいる、ということだ。  お互いに自分のオプションを見せ合い、お互いに利益になる相手と組む。そういう人が多くいるそうだ。  例えば、オプションに乗り物が当たった人がいる。乗り物はペダルがあり、それを漕ぐことで前へ進む。それは、走るより速くて楽である。でも乗り物が当たった人は、脚力のオプションが当たった人と組むことで、自分はより楽ができ、より速くポイントを回れる。脚力の人も、乗り物の人と組むことは、願ったり叶ったりの申し出になる。  上手くオプションを活かしたタッグやグループは、すでに五か所ほどチェックポイントを回ったという。僕はまだ一つしかポイントを回ってないのに。  僕もこの都市部に来て、何人にから声を掛けられた。オプションを見せてくれっと。でも、僕がオプションを見せると、みんな「使えない」と言って鼻で笑って去って行った。    まあ仕方ない。一人で行くしかない。僕は出発の準備をした。砂漠には何か所もオアシスは存在するが、それでも水は重要な必需品だ。僕は水を入れた水筒を何個も抱え、いざ、砂漠と海の地域にあるチェックポイントを目指した。  砂漠を歩くのは、やはり辛かった。砂で足を取られ歩きにくいし、暑くてすぐに喉が渇く。今まで宇宙船の中では肉体という物を持たずにいたから分からなかったけど、肉体を持つというのは苦痛を伴うことだと、改めて思い知らされた。    しかし夜になる空には星々が輝きだす。日中の暑さは嘘みたいに無くなり、どちらかと言えば寒いくらいだ。僕は火をおこし焚火を点ける。  僕は星を眺めながら、宇宙旅行の思い出を懐かしむ。そして水を飲み、日中の渇きを潤した。水の一滴一滴が体の隅々に行き渡る感覚が心地良い。この感覚も肉体を持たなければ知ることが無かっただろう。  僕は星を見上げながら眠りについた。  次の日も、次の日も、歩き続けた。水筒の水も残りわずかになっていた。  歩き続けていると、砂漠地帯であるグループに会った。会ったというより、僕の視界に微かに入ってきた。  そのグループは、一人がソリの上に乗り、5、6人がロープでソリを引っ張っていた。途中、ロープを引っ張ていた一人が倒れた。でもそのグループは、その一人を置き去りにする形で去って行った。  僕は急いで倒れた人の元に駆けつけた。その人は意識が朦朧(もうろう)としていた。僕はゆっくりと、その人の口の中に水を流し込んだ。僕はその人を担いで、陰のある場所を探した。  夜になって、やっと倒れた人が意識を戻した。  「良かった、目が覚めてくれて」と僕は言った。  「君が助けてくれてのかい?」と目を覚ました相手は(かす)れる声で言った。  僕は自分の名前を言って自己紹介した。「僕はベータ」。相手は「僕の名はシュー」と相手も答えた。  僕は訊いた。「どうして、あの場に取り残されたんだい?」  聞いたら駄目だった質問かもしれないが、僕は気になったことをすぐ口にしてしまう。  シューは、僕の質問に嫌な顔もせず答えてくれた。  あのソリに乗っていたのは、オプションが腕力の人物。そいつは腕力にものを言わせて、仲間を集めた。僕はソリを引っ張っていた人に頼まれたんだ。君も手伝ってくれないか?っと。僕は引っ張っている人が困っていそうだから、手伝うことにしたんだ。でも僕は体力がないのですぐに倒れた。腕力の人物は、使えない奴は放っておけ、と命令したことで、僕はあそこに取り残されたんだ。  シューの話を終えた。僕は何も言えずにいた。僕たちはその夜、二人して星を眺めていた。  次の日、僕はシューにある提案をした。それは僕と一緒にオリエンテーリングをしよう、ということだった。  僕は一人で旅するのも飽きてきたし、それに何にも荷物もないシューを、砂漠に取り残すこともできなかった。  シューは僕にお礼を言ってくれた。「競技中なのに僕を助けてくれて、ありがとう」と。    とりあえず僕たちはお互いを知るために、自分のオプションを教え合った。シューは『優しさ』だった。僕も自分のオプションをシューに教えた。  今までの人は、僕がオプションを教えた途端に、僕を見下した。しかしオプションを言って、バカにしなかったのはシューが初めてだった。僕は自分の存在を認めてもらえたように感じた。  僕はチェックポイントを目指していたのだけど、方向転換しなければならないことになった。とりあえず、まずオアシスを目指すことにした。二人で旅をするなら、水が不足している。  僕たちはオアシスを目指したが、その前に水筒の水が尽きた。フラフラになりながら、僕たちは水なしに半日ほど歩き続けた。「もう少し」、「あとちょっと」。お互い励ましながら。そして、なんとか僕たちはオアシスに辿り着けた。  そのときの水の美味しさは格別なものだった。僕たちはお互いに笑いながら水をかけ合った。  その日の夜、オアシスで一夜を過ごした。  その日の夜は特別な一夜になった。いくつもの流れ星が一斉に現れた。今夜は流星群の夜だった。光の雨が地上に降り注いでいるみたいだった。  僕たちは地面に寝転び、星の降る光景を一緒に眺めた。  僕は手を上に伸ばし、流れ星を掴む仕草をした。「あれ?おかしいな、今、掴めたと思ったのに」と僕は言った。  シューは笑った。「ベータは可笑しなことを考えるね」。シューも僕と同じように、流れ星を掴もうと手を夜空に伸ばした。  僕たち二人はしばらくムキなって流れ星を掴もうとした。  「ベータは自分のオプションのことをどう思ってる?」。シューは唐突に言った。「僕はベータのオプションは素晴らしい才能だと思うよ」とフォローするように付け加えながら。  僕は自分のオプションについて、今まで考えたこともなかった。元々備わっているものだし、考えても変わるものでもなかったので。  僕はそんなことを黙って考えていると、シューは立て続けて話し始めた。  「ベータは、そのオプションのせいで人に利用されたり騙されたりしない?他のオプションと比べて損してると思わない?」とシューは僕に訊いた。  「僕は好きなことをやってるだけだし、人のことも気にならない。だから、あまりオプションについて考えたこともないや」  「僕は、オプションが『優しさ』になって、損ばかりだよ。みんなに優しくしても、結局利用される」  「シューは、みんなに優しくしてるって言うけど、君の優しさは不公平だよ」  「そんなことない。僕はみんなに優しくしてる」とシューは声を荒げた。  「じゃあ、そのみんなの中に、なぜ自分を入れてあげてないんだい?」  僕がそう言うとシューはハッとした表情をした。僕は続けた。「僕はシューのオプションは素晴らしい才能だと思うよ」  「ありがとう」とシューは言った。  シューの声から、少し泣いているのが伝わってきた。僕は和ますため、「シューも僕に言ってくれた言葉だよ」と言って笑った。  僕たちは次の朝、一緒にチェックポイントを回りながら海を目指すことを決めた。  砂漠を歩きポイントを巡った。途中一回だけ雨が降った。スコールだった。僕らは土砂降りの中、二人して踊った。暑い砂漠での雨は、それほどまでにありがたいものだった。   砂漠で僕たちは三か所のチェックポイントを回った。僕は四つのポイントを回ったことになる。  次の日は、もう海に着くという夜、シューは僕に話があると言ってきた。  「どうしたんだい?改まって」と僕は訊ねた。  「実は、ベータとはここでお別れだ」  僕はシューの言っている意味が分からなかった。僕と違う旅をしたいならそれでもいい。でも、折角ここまで来たなら一緒に海を見てからでもいいのに。  「ここまで来たなら、一緒に海を見ようよ」と僕は訴えた。「僕のことを嫌いになったとしても、せめて」  「違うんだ。決してベータのことを嫌いになったわけではない」  シューは焚火に薪をくべながら言った。そして真面目な表情で言った。「僕はここでタイムオーバーだ」  「えっ?」。僕は訊き返す。だって、もうタイムオーバーなんて早すぎる。僕のゲーム時間はまだまだある。半分以上残っている。  戸惑っている僕にシューは言った。  「ベータにはどうしても最後に言いたくて。僕はベータに会えて良かったよ。オリエンテーリングがより楽しめたよ」  「そんな、待ってくれよ」と僕は言った。  「宇宙船に戻ったらまた会おう。そのときにこの星のことを色々聞かせてくれよ」  シューはそう言うと、消えてしまった。  次の日、僕は海にいた。砂漠と砂浜の区別はなく、砂漠の丘を抜けると、目の前には広がる海が見えた。  僕は海に沈む夕日を一人で見ていた。青色の海がオレンジ色に染まる。  綺麗だった。でも寂しかった。素敵な景色だけど、僕は涙を流していた。感動の涙ではなく、悲しみに涙だった。  僕はすぐに都市部に戻ることに決めた。途中、他のチェックポイントを回らずに、僕は都市部に戻って来た。  都市部には、やはり情報や人が多く集まっていた。  僕は一緒にオリエンテーリングしてくれる人を探した。一人で綺麗な景色を見るよりも、誰か相手がいたほうが、もっとこのオリエンテーリングが楽しめると思ったからだ。  しかし、状況が大きく変わっていた。    オリエンテーリングを真面目に続けているのは一部の人たちだけだった。その他の人たちは、この都市部にいて、のんびりと過ごしていた。その理由は二つある。  一つはトップの人たちが、多くのチェックポイントを回っていたことだ。多い人で二十のポイントを回っていた。その情報を知ることで、諦めてしまった人がいる。  二つ目は、疲れてしまった人たち。オプションの優れている人たちにいいように使われ、捨てられてしまった人たち。シューみたいな人が結構いる。そういう人たちは、休むためにこの都市部にいた。  僕は一人一人に声を掛けた。その中に見覚えのある人物もいた。それは草原地帯で初めて会った、『効率』の人だった。  「久しぶりだね」と僕は言った。  「やあ、君か」と相手は答えた。  僕は単刀直入に相手に訊ねた。「僕と一緒にオリエンテーリングをしませんか?」と。  相手は一瞬、呆気にとられた表情をした。その後「君は今、いくつチェックポイントを回ったの?」と質問してきた。  「四つ」と僕は正直に答えた。  相手は呆れていた。「やっぱり君はバカだね」と言い放った。「トップは二十個ほどチェックポイントを回っているんだよ。十個を回っている僕でさえ、もう諦めたんだ」  「でも折角、この星に来たんだから、最後までオリエンテーリングしてみたら?」  「僕は効率の良いことしかしない。効率の悪いことするくらいなら、何もしないほうがマシだよ」  なかなか、僕と一緒に行ってくれる人がいなかった。やはり僕のオプションを知ると落胆するのだろう。でも一人で旅に出るのも、なんだか意欲が湧かない。それほどシューと一緒に旅したことが楽しすぎた。  僕は、いなくなったシューを思い出しながら、シュー、どうすればいい?と問いかけた。  「君はシューの知り合いかい?」と僕に話し掛ける人がいた。  どうやら僕は声に出して呟いていたようだ。    「そうだけど。君は?」と僕は返した。  相手は自己紹介してくれた。相手の名前はロー。シューとはスタート地点がほぼ同じで、そのときいろいろ助けてもらったそうだ。  ローはシューとの出会いをしばらく話してくれ、シューとはこの都市部で別れたそうだ。  「シューはどうしてる?」とローが訊いてきた。  「実は、もうタイムアップになったんだ」  「そうなのか」とローは悲しそうに言った。  僕はローを一緒にオリエンテーリングをしないか?と誘ってみた。  それを聞いたローは戸惑っていた。  「僕は、初めての場所や、初めての事をしようとするとき、ドキドキするんだ」とローは言った。  「分かります。分かります。僕も一緒です」  「不安になるよね」  「楽しみですよね」  「えっ?」  「えっ?」  僕とローは顔を見合わせた。  ローのオプションは『慎重』。いくら準備しても、不安に()られ、なかなか一歩が踏み出せないという。だからローはずっと都市部にいるらしい。雪と火山の地域に降り立ち、不安で身動き取れない状況にいたとき、シューに助けられ一緒に都市部に来たという。  僕はもう一度お願いをする。  「僕と一緒に雪と火山の地域に行ってもらえませんか?」  「だから、僕は何かを始めようとするとドキドキするんだよ」とローは言った。  僕はローを説得するための仮説を思い付いた。  「きっと、誰しも普段やってないことをしようとするとドキドキするもんなんだよ。それを勝手に自分で解釈してしまうんだ。これは不安のドキドキだ、とか、これは楽しみのドキドキだ、って。だからローの不安は、自分で勝手に作りだした幻なんだよ」  「そんなこと言われても……」  ローは迷っていた。僕はもう一押し、と思った。僕は自分のオプションをローに教えて、また説得した。  「僕は何も考えずについ行動してしまうんだ。だからローみたいは慎重な人がいると助かるんだけど。僕を助けると思って協力してくれないか?」  ローはしばらく考えた。そして、渋々、了承してくれた。    僕たちは、その他にガンマも仲間に入れた。ガンマのオプションは『努力』。努力しても報われないと思うようになり、この都市部で(くすぶ)っていたらしい。    僕はガンマに言った。「ガンマの努力を見せてほしい。思った通りの成果は得られないかもしれないけど、君の頑張りを見ることで、きっと僕も頑張ることができると思う」  僕たち三人は、雪と火山の地域に向かう準備を済まし、都市部から出発しようとした。そこで、たまたま『効率』の人と出会った。  「ひょっとしてお前たち、オリエンテーリングのために都市部を離れるのか?」と相手は言った。  「うん、そうだよ」と僕は言った。    相手は大笑いした。そして僕以外の二人に問い掛けた。  「おい、こいつのオプション知ってるのか?こいつのあとについて行っても無駄だぞ。止めておけ」  「無駄って、どういう意味?」。僕は相手の言い方に頭にきていた。  「無駄は無駄、そのままの意味だ。お前らがいくら頑張っても、結果なんてたかが知れてるんだよ」  「僕は好きでオリエンテーリングしてるんだ。楽しいからやってるんだ。一つでも多くのチェックポイントを巡ることが喜びなんだ。僕のことは放っておいてくれ。君は君で好きにすればいい。効率を求めて、何もせずタイムアップまで過ごせばいい。それが君の言う、無駄じゃない人生ならね」    相手の表情は固まった。僕は他の二人に「出発しよう」と言った。  「ちょっと待ってくれ」と相手は言った。「もし良ければ私も一緒に連れて行ってもらえないか?」  僕はその言葉を聞いて驚いた。相手の表情を見ると真剣だった。決して冷やかしではなさそうだ。僕は他の二人にも意見を聞いてから承諾した。  『効率』の人の名はカイ。    カイは、僕に噛み付いてきたのは、本心ではオリエンテーリングをしたい気持ちがあったけど、もうトップの人とはチェックポイントの差が開いてたため諦めてしまった。本心に蓋をして過ごすうちに、常にイライラしていたそうだ。よく、無駄なことはするな、とみんなに言っていたとか。そして僕と言い合いをして、何もしないで過ごすことのほうが無駄じゃないか?って思い直したらしい。  僕たちは四人で出発した。雪と火山の地域に。  カイの情報では、旅の難易度で一番大変なのが雪と火山の地域だと言う。『慎重』のローが「えー」と叫び、「難易度が優しい所に行こうよ」と言ったが、そのときにはもう雪の場所に来ていたので却下になった。  ちなみに難易度が大変な方がチェックポイントがたくさん存在し、難易度の優しい草原と花の地域はポイントは少ないそうだ。平たい道を長く歩くいてポイントを回るか、困難だけど短い道のりでポイントを回るかの違いだそうだ。    確かに雪道を移動するのは大変だった。雪は吹雪いてなかなか前に進めないし、それに深い所で膝ほどの雪が積もっていて足が埋もれて歩き辛い。そして何より寒かった。    それよりも大変だったのが僕たちの相性だ。  ガンマとロー、全く反対の考え方だ。ガンマは努力で猪突猛進しようとするし、ローはみんなが大丈夫と言っても、心配で一歩も動けなくなったりした。そのたびによく言い合いになった。  僕はカイと言い合いになった。僕はその時の気分で行先を決めたいけど、カイは元々決めた道を進もうとする。それでよく喧嘩もした。    僕はこのグループがギクシャクするたび、シューのことを思い出す。シューとの旅は楽しかったのに、と。  でも、そんなギクシャクした雰囲気を和ましたのがオーロラだった。僕たちの頭上に広大なグリーンの光の帯が現れた。思わず腰をかがめて歩かないと、頭をぶつけてしまうのではないかと思うほどだった。  美しい景色が僕たちの辛さを一瞬で吹っ飛ばしてくれた。  雪と火山の地域でチェックポイントを六つ回った。僕は合計十個のポイントを回ったことになる。    辛く喧嘩も絶えない旅だけど、チェックポイントに着いたときには、みんなと抱き合い喜んだ。それにこの地域には温泉が湧くが何か所あった。火山が近いだけあって、お湯は熱く、雪の中で入るにはちょうど良かった。凍えた体、棒のように疲れた脚、それから解放してくれる温泉は格別だった。  僕たちは雪と火山の地域の最奥まで行った。最奥にはもちろん火山が君臨してた。  今まで雪が積もっていたのが嘘のように、その場所だけは岩肌が剥き出しになっていた。山頂からは空に届くほどのマグマが噴き出していたし、地面にはマグマが真っ赤に燃えながら川のように流れていた。  僕たちは壮大な光景をただ黙って眺めていた。  雪と火山の地域から、一旦、都市部に戻った。  そして都市部でまた仲間を勧誘した。四人増え、八人で今度は山と雲の地域に出掛けた。  山の旅は天気が急激に変わる。晴れていると思うと、急に雨が降る。雨が降ると、地面はぬかるみ歩き辛くなる。砂漠地帯では恵みだと感じた雨も、ここでは憎むべきものになった。    でもそんな気分を忘れさせてくれたのが虹だった。雨が上がると、その後には山から山へと橋が架かったような虹が現れた。  やっぱり辛い気分を忘れさせてくれるのは、美しい景色だった。  そして山頂付近まで行くと、雲の上へ出てくる。僕らの足元には一面に雲が広がっていた。そして僕らは山頂で日の出を見た。暗闇から一瞬で光が差し込んできた。上空は真っ青な空が広がっていた。  僕たち八人は大声で叫んだ。「やっほー」。僕らの声が他の山々に反響しこだまする。  山の中腹から僕たちは(いかだ)を作り、川を下ることにもチャレンジした。  ローは怖がっていたし、カイは「計画にないことを」と言ってため息を吐いていた。でも何だかんだ危険もあったが、みんながいるとそれが面白さに変わって行った。  山と雲の地域で僕たちは四か所のチェックポイントを回った。  でも山と雲の地域で一人の仲間がタイムアップになった。いずれ、一人一人にタイムアップが訪れることを再認識させられた。  僕たちは再び都市部に戻って来た。  僕はこれで一応全ての地域を回ったことになる。でも、まだまだ行ってない場所もある。僕はカイに頼んだ。今まで通ってない道を使って、まだオリエンテーリングがしたい、と。  どの地域に行くかは、あみだくじで決めた。  チェックポイントもなるべく多く回りながら、この星を歩こう。僕たちは旅に出た。  いろんな地域を交互に巡った。僕のチェックポイントは二十個を越えた。  しかし仲間は次々とタイムアップになっていった。僕たちのグループで残っているのは、もう僕とカイだけになっていた。  カイは僕に手を差し伸べた。握手を求めてきたのだ。  「ベータ、お前とは意見が合わず、喧嘩もしたし、癪に障る奴だけど、お前と会えて良かったよ。諦めていた俺を、オリエンテーリング誘ってくれて、ありがとな」  カイが、いままで僕に握手を求めることもなかったし、お礼を言うこともなかった。僕は嫌な予感がした。  「まさか」と僕は訊いた。  「タイムアップだ」とカイは笑顔で答えた。  僕は悲しかった。憎たらしい奴だったけど、いなくなるのは寂しい。  「悲しそうな顔をするなよ。俺は満足してるんだ」。カイはそう言って僕の手を握り、強引に握手をした。「また宇宙船で会おう」と言って、カイは消えていった。  僕は涙を拭いた。地図を見て、次のチェックポイントを目指し、一歩踏み出した。 ~~~~~~~~~~    表彰会場は騒然していた。    僕のチェックポイント数は二十三個。全然多くはない。特に誰もが行けないような危険なポイント場所もない。なぜ僕が優勝なのか意味が分からない。  その考えは僕だけでなく、他の参加者、特にチェックポイントの多い者も一緒だった。そういう人たちは主催者に詰め寄り説明を求めた。  「どうして、あいつが優勝なんだ」  「あいつより、俺のほうが多くチェックポイントを回っている」  「ちゃんと説明しろ」  主催者は「静粛に、静粛に」と周りをなだめていた。  僕のそばにシューだけでなく、一緒にオリエンテーリングを回った仲間が集まってくれた。  ロー、ガンマ、カイ、それに他のみんなも。みんな僕に向かって「おめでとう」と言って握手をしてきた。僕は戸惑っていた。なんで優勝なのか分からない。でもみんな、シューと同じように強引に握手をしてきた。  会場のざわつきが次第に収まってきたとき、主催者の声がマイクから流れる。    「説明します。このオリエンテーリングは一番楽しんだ人が優勝です。私、オリエンテーリングが始まる前に言いましたよね、楽しんで下さいって」  主催者の説明を聞いて、ブーイングが起きた。中には「俺だって楽しかった」。「私のほうが楽しかった」と言う人も続出した。  「静粛に、静粛に」と、主催者は再度なだめる。  会場が静まると、主催者は再び説明を続けた。  「文句を言っているみなさん、本当にオリエンテーリングを楽しみましたか?ひょっとして、良いオプションだったから優越感を味わっていただけじゃありませんか?」  「そんなことない」  「オリエンテーリングを楽しんだ」  しつこく文句を言う参加者もいた。  「じゃあ、この宇宙船に戻ってきて、思い出話に花を咲かせれる相手はいますか?他人を見下したり、裏切たりしてたら、そんなことはできませんよね」    主催者が会場を見渡す。静まり返っていた。誰も文句を言う人がいなかった。  主催者は付け加えるように言った。  「私が始まる前に言った言葉は、『では、みなさんで楽しんで下さい』です。誰かの楽しみを奪った人たちは失格です。そして、このオリエンテーリングで一番楽しんだのはベータさんです。優勝はベータさんです」  僕の仲間たちは、僕に抱きついた。そして、また「おめでとう」と言って喜んでくれた。  僕がこのオリエンテーリングをドキドキ楽しめたのは、きっとオプションのおかげだ。  僕のオプションは、『バカ』だった。 ********** 楽しくなくちゃいけない。あなたがどう見るかは知らないが、我々はゲームをしている。それがビジネス、それが仕事だ。楽しみがなければ、うまくできるわけがないと思う。 デレク・ジーター (米:野球(内野手))
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