「一緒に来ますか?」

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「一緒に来ますか?」

その日、今日子は特にトラブルもなく仕事を終えると、食品など少し買い物をしてマンションに帰った。 夕ご飯は炭水化物抜きで軽く、と思っているので、冷蔵庫の野菜室にあったほうれん草と玉葱、人参を細く切って挽肉と一緒に炒め、そこにお湯を足して中華風のスープを作り、とろみを付けると、豆腐を潰し入れた。 トマトをスライスして皿に載せ、一緒につまみながらビールを飲む。 現場にいた頃は、アルコールも呑める日と呑めない日があった。 …杏里が子どもだった頃は、夜中に呼び出し電話で何度も起こされたな。 まだ携帯電話がなく、家の固定電話に掛かってきたので、杏里も否応なしに起きてしまっていた。 それでも、「看護師は命に関わる仕事だから」といつも杏里に話していたので、彼女が嫌な顔をすることはなかった。 今は、同居していた母も空へと送り、杏里は成長して家を出ている。 万が一、夜中に呼び出されても何の問題もなく病院に行けるのに、そういった仕事はやらせてもらえない。 病院の総体的な運営に関する会議への出席や、提出する資料の作成、病棟全体の人の配置や人材育成のための計画づくりなど書類仕事が多く、ほとんど机に座っている。 それでも毎日病棟を見回って、患者ではなく、看護師の働いている様子を見るようにはしていた。 悩みを抱えているスタッフがいないか、辞めそうな人はいないか、といったところに神経を使う。 ごくまれに、看護師の手が足りずに夜勤をすることもあったけど、今日子の管理する西病棟は、2階は透析患者用なので夜は人がいないし、3~5階は手術の後の一時療養に使われていて、白内障や、膝関節の手術を受けた人の一時療養や、虫垂炎や軽い肺炎など、数日の入院が必要な病気、突発的な外科の手術後の人ばかりで、命に関わるような深刻な患者は少ない。 5人いる師長の中でも一番若いので、まだそれほど責任が重くないのだ。 …現場より、机に座ってあれこれ指示をする側が好きな師長もいるんだろうな。 自分がこういう立場になって、改めて、自分は現場が好きだった、と思う。 患者さんのために働くのが看護師だと思っていた。 日々、いろんな患者さんが来て、医者や看護師を困らせる人がもいたけど、それが日常だと思っていた。 今はスタッフのため、病院のための自分だ。 責任もやりがいもあるけど、現場に戻っても良いと言われたら、喜んでそうするだろう。 数日前、入所3年目の看護師と面談する時間があった。 看護学校を出てすぐ入所した彼女は、「ここに入って良かったです。患者さんの役に立ててるって実感してます」と話していた。 彼女は最初、何をするにもおどおどとしていて心配だったけど、日々、大勢の患者さんと否応なく接し、技術も身に付き、人とのコミュニケーションにも慣れたことで自信を付けたようだ。 多くの患者さんが、看護師のする当たり前の作業に「ありがとう」と礼を言ってくれる。 中には涙を流して喜ぶ人もいる。 看護という仕事は、日々、小さな幸せをたくさんもらえる仕事なのだ。
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