「一緒に来ますか?」

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3階にあるナースステーションでは、今年から入職した新人看護師が、チームリーダーから仕事を教えてもらっている。 今のリーダーは、30代後半のママさん看護師だけど、彼女は教え方が上手だ。 先輩と言う立場を振りかざすことなく、相手を上手に育てている。 そういうリーダーがいるチームは、自然に上手くいく。 そうやって、チーム全体が和気藹々と仕事をしている様子を見ながら、何となく、自分はその輪に入ることができないでいる。 自分の直属の部署なのに…。 食堂で斉森先生に言われた「一緒に来ますか?」が、頭から離れない。 彼は冗談だと言ったけど、何かスルーできない自分がいる。 今年1月の誕生日に、ふと「定年まであと何年?」と、初めて考えた。 普通に考えれば、60歳まであと7年。 再雇用も奨励されているので、その気になれば65までは働くことができる。 65歳なんて、シニアと呼ばれる世代の中では、まだ若いくらいだ。 ただ、今の自分がこんなに仕事中心の生き方なのに、それがパタッと無くなるなんで、想像もできなかった。 20代で離婚して、それきり結婚しなかったので、すんなり昇進はできた。 人間関係で悩んだこともあったけど、結局、転職もせずに今まで来てるから、付き合いのある人は、みんな病院関係者だ。 退職したら、そういう付き合いはきっと薄くなるだろう。 ギリギリまで病院に勤めるとして、でもその後は? 一人で何をして生きていくの…? もし、誕生日にそんなことを感じていなければ、斉森先生の言葉に動揺することはなかったと思う。 …この先、私はどうしたいんだろう。 * * * 斉森先生が退職する日、彼は師長室に挨拶に来た。 お花は所属の課が渡すのが慣例なので、師長室からは記念品として、カタログギフトの目録を渡すことになっている。 あらかじめ昼前に来ると知らせがあって、他の師長も立ち会う中で、直属だった外来の師長が記念品を渡した。 ひと言挨拶をして、師長室を出て行く彼の後に、適当な資料を持ってさりげなく部屋を出る。 「斉森先生」 そう呼び止めると、彼は振り向いて笑顔になった。 「先生、私、診療所に興味があるんです。先生が落ち着く頃、見学に行きたいので、連絡先を教えてもらえませんか?」 もしかしたら断られるかも、と思っていたけど、彼は特に考える様子もなく「いいですよ」とスマホを取り出して、電話番号を表示して見せてくれた。 その番号に、自分のスマホから電話をする。 彼のスマホが鳴ったのを確認して電話を切ると「ありがとうございます。身体に気をつけて」と言った。 「こちらこそ、お世話になりました」 そう言うと、彼は軽く頭を下げ、片手を軽く挙げて戻っていった。
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