0人が本棚に入れています
本棚に追加
「こっちとこっち、どちらが良いと思いますか?」
「……それは、どちらでもいいと思います」
隣に陣取ったイケメンの真剣な顔を見て、こころはため息をついた。
同じ部署の連中は、怖いものを見るように、遠巻きにして二人を見ている。
クレームを言いによくやって来る人ではあったが、部署の中まで入ってくることはなかった。確かに「篠山こころ」を指名してクレームを言っていたが、いつの間に、二人はそんなに仲が良くなったのか。
同僚の視線が痛い。
「月山さん、どうしてここで仕事してるんですか」
こころが躊躇いながらもそう言うと、月山さんはきょとんとした顔でこころを見た。
その間抜けな表情は、とても営業部のエースには見えない。この人は時々こんな顔をすることを、こころは最近発見した。
「どうしてって、篠山さんに直接見てもらったほうがいいじゃないですか」
だから、なんで。
月山さんは営業部で、こころは業務部だ。
業務が営業からの仕事を請け負うのは多々あることなので、往来は珍しくないが、他部署の机に陣取って、自分の仕事をするなんて、聞いたことがない。
「もうすぐそこの人戻ってくるんで、帰って下さい」
月山さんがこうして来るのは、昼休みに限ったことだ。そうして、なぜかこころにアドバイスを求めながら、仕事をする。おかげで、こちらは昼休みが半分になっている。
「あ、はい。では、また」
そう言って、月山さんは書類をかき集めると、颯爽と部屋を出て行った。
業務の皆が、月山さんが出て行くのを目で追って、その視線がこころに戻ってくる。
もう、知りませんよう。
こころは気が付かない振りをして、お手洗いに立った。
……「では、また」はやめて欲しい。
最初のコメントを投稿しよう!