はじまりの音  理想的な家族6ーこころ

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「こっちとこっち、どちらが良いと思いますか?」 「……それは、どちらでもいいと思います」  隣に陣取ったイケメンの真剣な顔を見て、こころはため息をついた。  同じ部署の連中は、怖いものを見るように、遠巻きにして二人を見ている。  クレームを言いによくやって来る人ではあったが、部署の中まで入ってくることはなかった。確かに「篠山こころ」を指名してクレームを言っていたが、いつの間に、二人はそんなに仲が良くなったのか。  同僚の視線が痛い。 「月山さん、どうしてここで仕事してるんですか」  こころが躊躇(ためら)いながらもそう言うと、月山さんはきょとんとした顔でこころを見た。  その間抜けな表情は、とても営業部のエースには見えない。この人は時々こんな顔をすることを、こころは最近発見した。 「どうしてって、篠山さんに直接見てもらったほうがいいじゃないですか」  だから、なんで。  月山さんは営業部で、こころは業務部だ。  業務が営業からの仕事を請け負うのは多々あることなので、往来は珍しくないが、他部署の机に陣取って、自分の仕事をするなんて、聞いたことがない。 「もうすぐそこの人戻ってくるんで、帰って下さい」  月山さんがこうして来るのは、昼休みに限ったことだ。そうして、なぜかこころにアドバイスを求めながら、仕事をする。おかげで、こちらは昼休みが半分になっている。 「あ、はい。では、また」  そう言って、月山さんは書類をかき集めると、颯爽と部屋を出て行った。  業務の皆が、月山さんが出て行くのを目で追って、その視線がこころに戻ってくる。  もう、知りませんよう。  こころは気が付かない振りをして、お手洗いに立った。  ……「では、また」はやめて欲しい。
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