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「もうさ、私は一生自転車に乗れないんだよ。事故にも遭ってるしもう乗らない。乗りたくない。当てつけみたいに翔は乗ってるし、あなたも私に気を遣ってるのがわかるし、……そういうの全部、もういい! どうせ乗れないし、もう乗らない!」
力任せに自転車を倒して、真っ黒な感情を吐き出した。本当はわかっている、翔はただ乗れるのが嬉しくて走っているだけ。気を遣っているのは茂雄の優しさ。わかっているけど、全部惨めで仕方がない。
子供じみた私の言葉に、微かに顔を歪ませた茂雄はすぐに無表情になった。私と目を合わさず、小さく「そう」と呟いて自転車を起こす。
私はぎゅっとTシャツの裾を握りしめたまま、頑なに俯いていた。
「翔、帰るぞ」
茂雄が声をかけると、翔は不満げにこちらに来る。
「なんでえ、ぼくまだのりたい」
「今日はもうおしまい。帰るぞ」
「えー、なんでえ、なんでえ」
ぐずる翔を抱えて、茂雄は前を歩き出す。慌てて後を追うと、不意にくるりと茂雄が振り返った。
「乗りたくないなら、乗らないでいい。俺は乗ってくれなんて言ってないんだから。ただ、翔のことは悪く言うな」
怒りを孕んだ言葉に、思わず息を呑んだ。それきり茂雄は私の方を見ずに歩き出した。
私は何も言えずに俯いて、足を引きずって歩く。私一人だけ、馬鹿みたいだ。
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