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 どうして自転車に乗れないの?  そんなことも聞かれる。が、これにはちゃんと理由がある。  あれは6歳の頃、私も自転車に乗りたくて練習を始めた。  ピンクのぴかぴかの自転車を買ってもらい、家の前の道路で毎日のように練習していた。父に後ろを持ってもらって、補助輪をつけて。  しばらく練習して、補助輪を外してみることになった。私は嬉しくてたまらなかった。補助輪はガラガラうるさかったし、他の子はみんなもう補助輪のない自転車に乗っていたから。 「バランスを崩す前に踏み込むんだ、いいか?」  父はそう言って私の背中を押した。私もペダルを踏み込んだ。ぐいっと自転車が進む。ふらふらとよろめきながらも、必死にペダルを漕いだ。 「いける、いけるぞ!」  背中で父の声がする。ドキドキして、わくわくして、私はペダルを意気揚々と踏み込んだ。風を切って、自転車はどんどん進む。  道路の曲がり角に差し掛かった時、どん、という鈍い衝撃が横から体を襲った。ブレーキの音が耳に突き刺さる。  気づくと、地面が目の前にあった。身体中が痛くて動かない。自転車が倒れて、タイヤがからからと虚しく回っている。その向こうにトラックが見えて、降りてきた人が何か叫んでいた。父の声も遠くで聞こえる。  そこで意識が途切れた。  私は宅配便のトラックに轢かれたらしい。腕と脚を複雑骨折して、1ヶ月以上自分で歩くこともできなかった。  父さんがちゃんと見ていないから。母はそう言って父をなじり、父は何も言わず俯いていた。  父さんは悪くないよ。お見舞いに来た父に私がそう言っても、父は泣きそうな顔で首を横に振るばかりだった。  退院して家に帰ると、私のピンクの自転車はどこにもなかった。きっと母が捨てたか、どこかに隠したのだろう。自転車に乗りたい、と駄々をこねることもできたのだろうが、しなかった。父も母も自転車のことを敢えて口にしないことに、子供の私も気づいていたから。
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