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「じゃあさ、ママ」
翔がぱっと顔を上げて笑いかける。なんだか嫌な予感がする。翔はこの前、新品の自転車を買ってもらったばかりだ。
「ぼくといっしょに、れんしゅうしようよ!」
予感は的中した。私は手を顔の前で振って笑い飛ばす。
「やだ、翔はともかくママみたいなおばさんが練習してたら変じゃない!」
翔はきょとんと首を傾げる。
「なんで? なにがへんなの? できないことをがんばってやるのって、へんなことなの?」
うっと言葉に詰まる。子供の言葉はまっすぐだ。いろんなものに蓋をしながら生きてきた大人には、グサリと刺さることが多々ある。
「いや……そうじゃないけど」
30も過ぎた女が、公園で子供と自転車の練習をしている絵面を思い浮かべる。だめだ、見苦しいしみっともない。好奇の目で見られるのは分かりきっている。
「大人はみんな乗れるから、恥ずかしいな」
「なんで? はずかしくても、れんしゅうしなきゃのれないよ?」
返す言葉が見つからない。何事もやらなければ、できるようにはならないのだ。
「そ、そうね……」
頭を抱えてそう言う私とは対照的に、翔は目を輝かせる。
「じゃあやろう! ぼく、ママといっしょにがんばる!」
ぴょこんと椅子から飛び降りて、翔は私に駆け寄った。抱きついてくる翔を受け止めつつ、私はこっそりとため息をつく。
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