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現役
駅へと向かう道すがら、通りを向こうから歩いてくるその姿を見て心奪われた。
すっきりと伸びた背筋。風にそよぐ銀色の髪。淡い色の瞳。目じりにできた小じわはよく笑う証だろうか、それがとても可愛らしい。その人は今まで目にしたどの女よりも輝いて見えた。
今声をかけなければ、もう死ぬまでこんな女には出会えないのではないか。そう思えるほどにいい女だった。だがこう見えて俺はシャイなのだ。今まで女をナンパしたことなど1度たりともなかった。
どうしようかと迷ううちに距離は縮まり、俺は女とすれ違った。その瞬間、何とも言えぬいい香りに鼻腔をくすぐられた。
早鐘を打つように心臓が踊りだすのがわかる。過去にこれほど胸が高鳴ったことがあっただろうか……って、違う。これは、まさか……。
その直後、目の前が真っ暗になった。
気がつくと俺はベッドの上にいた。側のパイプ椅子にハルトとナツキが座っている。目覚めた俺に気付いたナツキが「お母さん呼んでくる」と言って部屋を飛び出していった。
ホッとしたような表情のハルトが、俺の顔を覗き込む。
「黙って出て行くからだって、母さんが怒ってたよ」
すまんと言おうとしたが、かすれて声にならない。
ハルキは苦笑を浮かべると、
「通りすがりのお婆さんが救急車を呼んでくれてから助かったけど、今度から無理したらダメだよ。心臓悪いんだし」
そうか。俺はあの女に助けられたのか。それならもしかしたら連絡先もわかるかもしれないな。思わず笑みがこぼれた俺を見て、
「何笑ってんだよ、祖父ちゃん」
孫が怪訝な表情を浮かべた。
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