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うんと幼い頃のことだから、ペソギソはその頃のことを憶えていない。ペソギソになる前の自分が何者であったのかも憶えていない。
ペソギソは生涯ペソギソでしかないのだ。スギウラさんの友達の、ただのペソギソだ。
ペソギソの胸が冒険への期待にどきどきと高鳴るのは、スギウラさんがわくわくしているからだ。同時に、スギウラさんがどきどきする時は、それが心臓に伝わってほんとうの持ち主のペソギソもどきどきする。
ふたりでひとつの心臓を共有しているから、心が跳ねる時も一緒だ。
ペソギソはボートからあちこちを見ては目を輝かせる。その度に鼓動は跳ねるから、スギウラさんも落ち着いてなんていられない。
終わりを迎える世界は危険だからと、ペソギソはめったに外に出られなかったし、スギウラさんもそんなに出ることはなかった。かつて当たり前に存在していたはずの陸地も沈んだ世界はどこを見渡しても新鮮で、ペソギソとふたりで飽くことなく眺めていられる。
「スギウラさん、ぼくボートを押して泳ぐよ!」
ペソギソはぴょんと水に飛び込むと、ボートを押してぐんぐんと泳ぎ始めた。
「えっ、うわ速! はっや!」
しがみついてないと振り落とされてしまいそうなほどのスピードだ。
「ペソギソはほんとうに力持ちだなぁ!」
「凶暴な動物が近づいてきてもやっつけてあげるよ」
じっさい、近くに泳いでいたサメを蹴り飛ばしたばかりだった。
「ペソギソは、この環境を生きるために強く生まれたのかもしれないな」
この星のほんとうのほんとうに最後の時までを、ただ見るためだけに生まれたのかもしれない。
「ぼく、スギウラさんを守ってあげられる?」
誰かを傷つけるんじゃないかと恐れていた力が役に立つ。ペソギソは嬉しくなった。ざぶんと大きく水を蹴飛ばす。
「富士山のてっぺんまで連れてくね」
「これならエベレストも目指せそうだ」
心臓をわけあったスギウラさんも、終末のこの時にあっていまだ生き延びている。進化に乗りきれずにあらゆる生物が命を落としていく中、彼らを静かに見送って進んでいく。
友達と二人でいられるという事実だけで、ペソギソとスギウラさんは心も体も救われて生きていられる。
ペソギソとスギウラさんは今日もちっぽけなボートの上で、水に沈んだ世界を冒険している。
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