ペソギソ

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    *  ひとびとを乗せた空の船が飛んでいくのを、ペソギソとスギウラさんはふたりでボートに寝そべりながら眺めていた。船団を作って飛んでいくあれらが、いつかどこかの星でまた文明を築いていくのを願った。 「みんなを大切にできるようになるといいね」  人類が自分勝手に滅ぼした星でも、他の生き物たちは生きていく。  ボートの下の海(川かもしれない。湖かもしれない。地上のあらゆる水流や水場は、ひとつに繋がろうとしていた)には、よくわからない生き物が泳いでいた。  水族館から離れるにつれ、ペソギソは落ち着かない様子を見せた。  船団もすべてすっかり見えなくなる頃、ペソギソは起き上がってきょろきょろとあたりを見回した。「スギウラさん、あれは何? あれは?」と無邪気にはしゃいで訊いてくる。 「あの遠い山のことかい? あれは富士山だ。このままボートで近づけるかもしれないね。あそこで潮を吹いているのはクジラだ。こんなところに来るなんてね」  もうどこもかしこも気温も水温も何もかもがめちゃくちゃだった。わぁぁ、と声をあげるペソギソにスギウラさんは訊いた。 「ペソギソ、楽しい?」 「うんと楽しい! わくわくするんだ。どきどきしてる」  ペソギソは胸を押さえて、それでも興奮を抑えきれない様子で言った。 「ペソギソは外に出たことがないものね」 「スギウラさんはどきどきしてる?」 「してるとも。ペソギソと同じくらい、どきどきしてる。だって、大冒険だ」  片目をつぶって見せるとペソギソもウィンクの真似をした。ちょっと白目になっている。 「冒険だね」  この星はもう終わりなのだと告げられて誰もが逃げ出したというのに、ボートなんかで旅に出ている。最後の大ばか者になるのは気分のいいものだった。  ペソギソは遠く富士山のてっぺんを見つめて、翼を胸に当てたままうっとりとしている。 「ペソギソはこれで良かったのかい? ペンギンたちと一緒に行くこともできたんだよ」  ペンギンたちは冷たい水の流れるところを求めて泳ぎ去っていってしまった。ずっと一緒に暮らしてきた大好きな仲間たちを思うと寂しさに胸が痛む。最初は互いに打ち解けられなくて、ゆっくり時間をかけて仲間になっていった彼ら。今はどこを泳いでいるだろう。  ペソギソは少し考えて、「僕はこれが良かったんだ」と答えた。 「スギウラさんと一緒にいたいって、言い出せなかっただけだもの」  人間は水族館の生き物たちを置いて、動物園の生き物たちを置いて、家族だったはずのペットを置いて、何もかもを置き捨てて行くと思っていたから、言い出せなかった。 「だから旅に出ようって言ってくれてとても嬉しかったんだ」  とくんとくんと鳴る心臓。その在り処である胸をペソギソはおさえた。  他に変わるものがどこにもいない唯一の存在であるペソギソを、スギウラさんは大切に想っていた。  だからこそ、スギウラさんはペソギソに言えないことがある。ペソギソに内緒にしていることがあった。 「どきどきするね」と笑うペソギソの、その体には心臓が無い。
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