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ペソギソは嘴の中に鋭い歯を持っていた。
普通のペンギンによく似た姿をしているけれど、鳥類ではない。たぶん、他のどんな動物とも違う生き物だ。
水族館でペンギンたちと一緒に暮らしているけれど、よくよく見れば体の造りは全然違う。だけどペンギンたちはペソギソを仲間として受け入れてくれていたし、水族館のスタッフの人たちもペソギソに優しくしてくれる。
ペソギソは、この居場所が好きだった。
ペソギソは頭の良い生き物だから、自分の歯が鋭くて危ないこととか、翼によく似た部位の筋力とかも異様に強いのをよく知っている。
他にも、あごの力も強いペソギソは、小さい頃に力加減がわからずにごはんをくれたスタッフのスギウラさんの指を一本食いちぎってしまったことがある。
世界の医療はうんと進んでいたけれど、地球ももう滅んでしまうほどに文明も限界まで進んでいたけれど、スギウラさんの指を再生させることはできなかった。
たぶん、ペソギソの口内からでた分泌液が人体には良くなかったのだ。ペソギソの体は謎に満ちている。
ペソギソは、いつも人間たちにもまわりの生き物たちにも優しくして生きようと思っていた。でないと力の強いペソギソは、すぐに誰かを傷つけてしまう。
「ペソギソはもう少し、好きに振舞ってもいいんだよ」
スギウラさんはペソギソにそう言った。ペソギソは人間の言葉がわかる。人間だけでなく、ペンギンたちの言葉も、水族館で暮らす他の仲間たちの声も。地球上にいるあらゆる生物の言葉や鳴き声なども、たぶん理解できる。ペソギソはそういう生き物だった。
ペソギソはスギウラさんの小指だけが足りない右手を見た。今でもたまに胸がぎゅっとなる。
物心ついた頃、他の人間たちには指が五本あるのにスギウラさんには四本しかないことが気になって「どうして指がないの?」と訊いてしまったことがある。スギウラさんは誤魔化すことなく、「ペソギソが食べちゃったんだよ」と答えた。「ペソギソは少し、力を押さえて生きていくことを学ぼうね」とも。
ごめんなさい、と幼いペソギソはスギウラさんに謝った。自我も芽生えていない頃のこととはいえ、人を傷つけてしまったことを憶えていなかったこともショックだった。
自分の力が他のどの生物よりも強いことを知ったペソギソは、大事なはずの存在や周囲のみんなを害してしまうことを恐れて、それまで一緒に遊んでいたペンギンたちと距離を置いて引きこもるようになってしまった。
そんな時、「泣かないで」と励ましてくれたのは、スギウラさんだった。
『力の使い方さえ学べば、そしてそれを他者に振りかざしたりしなければ、ペソギソは何も気にせずみんなと仲良しでいていいんだよ』
そう言ってくれたから、ペソギソは自分の力がどのくらいあるのか、どのくらいの加減で触れ合えば大丈夫なのかを確かめて、ゆっくりゆっくりとまた、水族館のみんなの輪の中に戻ったのだった。
ペソギソはスギウラさんの小指の付け根の辺りを羽根(ペソギソの場合、腕や手と呼んでもいいのかもしれない)で包んだ。
不便でないはずないのに、体の一部が無くなったことが悲しくないはずないのに、スギウラさんはペソギソに「指くらいなくても平気だよ」と言ってくれる。
「ペソギソは賢い子だから、じゅうぶん反省したし学んだろう? 君は少し好き勝手に動いても、もう誰も傷つけたりはしないよ」
仲間の輪の中に戻ってからも、ペソギソは無意識に気おくれしてみんなと距離を置きそうになってしまう。そんな時こうして声をかけてくれるので、ペソギソはいつも泣きそうになる。
「大きすぎる力を恐れることも恥じることもない。それはいつかどこかで使うためにペソギソに備わっているものだ。ペソギソの大切な力だよ」
スギウラさんはペソギソの羽根を、もう一方の手で包んでくれた。スギウラさんの手をペソギソが包んで、ペソギソの手をスギウラさんが包む。それがとてもあたたかい。
みんな、よくわからない生き物のペソギソと遊んでくれる。ペソギソはみんなが大好きだった。
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