54人が本棚に入れています
本棚に追加
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている晴翔に、愉快そうに瞳を輝かせた。
「ごめん、ごめん、案内する前に、人が来たことを知らせろって、紬には言っといたんだけどな、別の部屋に行こうか」2つ隣の部屋の引き戸を開けると、律は晴翔を先に中へ通した。
部屋はさほど広くない――窓際に座布団が2枚敷かれていて、部屋の中央には布団が1組敷いてあった。
(なるほど、この宿屋はそういう男女の行為に使われる宿屋ということなのか)
先ほどの店主に、律を訪ねた目的を、誤解されているのではないかと気が気でなかったが、今はそんなことを気にしている場合ではない――晴翔は律に事のあらましを伝えた。
「そろそろ来るころだと思ってたよ、心配いらない、あの少年の心は元に戻せるから安心して」
律の口角は上向いているが、心からの笑顔ではない気がして、なぜか晴翔を落ち着かない気分にさせた。
「どのようにすれば戻せるのですか?」
「時間は少しばかりかかるただろうね、1日2時間4日間ほど、彼の精神を安定させるための儀式を行う、そうすれば彼は、元の状態に戻れるよ」
「報酬は律殿の言い値で構いません。部下をどうか助けて下さい」頭を下げて頼み込んだ。
「そうだなぁ、1日5として、4日で20銀貨それと……あなたの体を差し出してもらおうかな、毎晩俺の相手をしてもらえる?」律は誘うように艶めかしく笑った。
その言葉に晴翔は一瞬、律が何を言っているのか分からずに困惑したが、言葉の意味を理解すると途端に、顔を真っ赤にした。
「な、何を、相手と言われましても……私にはその……男色の知識が……あまりなく、到底満足させられないかと……」慌てふためいた晴翔は、口籠ってしまった。
律がまるで毒にでもあたったかのような軽快な笑い声をあげた。
「ごめんね、そんなに真面目に答えてくれるとは思わなかったよ、普通は怒るか気色悪がるかのどっちかだからさ、今のは冗談、20銀貨と3食飯付き、あとは美味い酒さえあればそれでいいよ」
晴翔はそれを聞いて、ほっと息をつくと、20銀貨を渡した。
差しだされた銀貨を見て律はまた笑った。
「俺がこの20銀貨を持ってとんずらしちゃったらどうすんだ?こういう取引はまず、半額支払っておいて、請負人が仕事を、きちんと遂行したと確認してから、残りの金を払うもんだよ。お兄さん世間ってものを知らないね」
「逃げるつもりなのですか?」
真面目に聞く晴翔に、律は呆気にとられ、とうとう腹を抱えて笑った。
「お兄さん面白い奴だな。まあ、心配しないでよ。逃げるつもりはないし、お兄さんの身なりからすると、金には困ってなさそうだ。それなら、美味い食い物を、毎日たらふく食べられるだろうし、願ったり叶ったりだ。美味い飯と酒をご馳走になりに行くよ」
最初のコメントを投稿しよう!