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6台の座卓が置かれた店内には、男の客が2人いるだけだった。
2人はここの常連のようだ。身なりからすると行商人で、今朝は商品の売れ行きが良かったため、上機嫌で早い時間から吞むことにしたらしい。
店の奥は調理場になっていて、そこが煙の出所だ。
調理場には45歳くらいの男が1人と、給仕をしている20歳くらいの女――よく似ているから親子だろう――が1人だけだった。
律は入り口近くの席に座り、酒を吞みながら、なんとなく外を眺めて、行きかう人々をただ見ていた。
その時1人の男が目に留まった。32歳くらいで、背は高く185㎝以上ありそうだ、肩幅が広く、服の下の鍛え上げられた体が想像に難くない。
質実剛健なその男は、目を見張るほどの美男子で、切れ長の目は、鋭い眼光で人を射竦め、きつく結ばれた口は、誰も逆らえないほどの威厳を感じさせた。
それはまるで神が作り上げた渾身の力作のようだった。
その黒ずくめの男が、外套を脱ぎ店内に足を踏み入れると、女給は微かに悲鳴のような声を上げた。
それは彼の容姿がとんでもなく美しかったからではなく、彼が着ている軍服に驚いたからだ。
軍服から察するに天人様直属の黒岡軍だろうと、律は判断した。
彼らは身分が高い軍人であるばかりか、『腰に差している剣で、人をいとも簡単に殺めることができるらしい。もし、粗相があって怒らせてしまったら最後、この世とお別れするしかなくなるぞ』と市井で噂になっているから、怖がって当然だ。
その軍人は部下6名を従えているようだった。
2本の金筋に3つ星の肩章、ということは大佐で、左腕に留められた紋章は、おそらく旅団長の印だろう。
そんなお偉いさんが出てくるということは、この辺りで何か大事件でもあったのだろうかと、律は推し量った。
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