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そんな人がこの寮にいるなんて。青ざめて震えている私を見て、石井先輩が慌ててフォローをした。
「あ、でも大丈夫。あいつ寮生には手出ししないから。っていうか私が許さないから」
「そ、うですよね」
きっとひばり先輩っていうひとはかっこいいのだろう。そんな人が、私みたいな地味な子に関心を持つはずがない。学年も違うし、もしかしたら一度も顔を合わさずに済むかもしれない。石井先輩は管理人のおばさんに私を紹介したあと、部屋に案内するといって二階へ促した。わかば寮は一階が食堂や風呂、遊戯室などになっていて、二階と三階が生活スペースだ。女子は二階、男子は三階に住むのが決まりらしい。この決まりについてはかつて結構な争いがあったと、石井先輩はしみじみした声で言った。それって、どんな争いなんだろう。想像してみたけど、怖かったのでやめた。たしかに、3階にあがるのって大変だよね。
「空知さんの部屋は205号室だから。鍵、渡しとくね」
石井先輩はそう言って、私に鍵を手渡した。その硬質な感触が、掌に心地よい。なんだかドキドキする。新しい生活が始まるんだっていう、不安と緊張が一気に押し寄せてきた。荷解きを終えたら声をかけてくれと言って、石井先輩は一階に戻っていった。廊下の窓からは、薄曇りの空が見えている。蒸し暑いし、もうすぐ雨が降るのかな……。
私は205号室に向かい、鍵穴に鍵を差し込んだ。しかし、鍵を回そうとしても動かない。あれ? 開いてる……? 石井先輩、開けておいてくれたのかな。恐る恐る扉を開けると、窓が開いているのがわかった。窓から吹き込んだ風が、薄いカーテンを揺らしている。私はドアを閉めて、中へと進んだ。右手にトイレと洗面所。8畳ほどの部屋には机と椅子、本棚。それからベッドが見えた。ベッドには布団が敷かれていて、白くてすらっとした腕がはみ出している。
ベッド脇にはしわくちゃになったシャツが落ちていた。誰、かな……? 先輩とか? 部屋を間違えてるのかも。私は恐る恐るその人に近づいていった。
「あの」
声をかけてベッドのそばに身を屈めた瞬間、がしっと腕を掴まれた。気がついたら、ベッドに背中がついていた。まず、部屋の天井が見えた。次に、薄茶色の髪がさらりと揺れる。上半身裸の男の子がこっちを見下ろしていた。耳にアメジストのピアスをつけていて、それがきらっとひかる。男の子はじっと私を見て、首を傾げた。
「――だれ?」
こっちの台詞です!
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