不可能な恋

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そう叫ぶことが、私にはできなかった。ただ唇を震わせて、そのひとを見ていた。なんで? 男子は3階の部屋だって石井先輩は言っていたはずなのに。そのひとはぼんやりした顔でこちらを見て、私の唇に触れた。びくっと震えた私の肩を掴んで、顔を寄せてくる。思わず悲鳴を上げたら、ダダダ、と足音が聞こえてきた。勢いよくドアが開いたと思ったら、石井先輩が駆け込んできた。私に覆いかぶさっていた人が、蹴り飛ばされてベッド下に落ちる。 「なにしてんのよ五十嵐――ッ」 石井先輩はそう叫んで、蒼白な顔で私の肩を掴む。 「大丈夫!? なんにもされてない!?」 「は……はい」 私は震えながら石井先輩にしがみついた。むくっと起き上がった五十嵐先輩が、背中を撫でながら不満げな声でいった。 「暴力反対」 「服着なさいよ!」 石井先輩は威圧的な目で彼を睨んで、床に落ちていたシャツを投げつけた。五十嵐先輩はあくびしながらシャツを羽織って、首筋をポリポリとかく。石井先輩は怒りを押し殺した声で彼の紹介をした。 「驚かせてごめんね、空知さん。こいつがさっき言ってた五十嵐ひばり」 「え……っ」 「空知? 名前?」 五十嵐先輩がぼんやりした表情で尋ねた。石井先輩が呆れた顔をする。 「名字に決まってんじゃない。えっと、下の名前なんだっけ?」 その問いに息が苦しくなる。聞かれてるんだから答えないと。 変な名前〜。だっせー。おまえ鳥なの? ピーチク鳴いてみろよ。小学校時代にからかわれたせいで、私は自分の名前が嫌いになった。いや、それどころか人前で話すのすらイヤになった。なにも話せなくなった時もあったほどだ。今は多少はマシになったけど、いざというときや、注目されている時にパッと話せないことが多い。唇を震わせる私を見て、石井先輩は五十嵐先輩を睨みつける。 「ほらっ、あんたのせいで萎縮しちゃったじゃない!」 「ほんとに俺のせいなわけ? りょーちょーがおっかないからじゃないの」 「黙れ」 石井先輩はスリッパで五十嵐先輩の頭を叩いた。五十嵐先輩はマイペースに言葉を続ける。 「すぐ暴力振るうから、美人なのに彼氏ができな……」 石井先輩は五十嵐先輩の腹に拳を打ち込んだ。 「ごめんね、空知さん。すぐに戻るから」 私に笑顔を向けて、ぐったりした五十嵐先輩の襟首を掴んでずるずる引きずっていく。 私はベッドに座り込み、ポカンと2人を見送っていた。名前のごとく、嵐のような人だ。
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