不可能な恋

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五十嵐って、石井先輩が言ってた五十嵐ひばりさんかな。いきなりキスしようとするなんて。さっきのことを思い出しかけて、私はぶんぶん頭を振った。 荷解きを終えて階段を降りていくと、石井先輩が待っていた。石井先輩は手を合わせて謝ってくる。 「ごめんっ、あいつ、いつの間にかスペアキー作ってたみたいで。カギ替えて、もう二度とあんなことさせないから!」 私は震える声で石井先輩に尋ねた。 「あの……入寮をやめることって、できますか」 「えっ」 「私、男の人が苦手で……特に、ああいうひとが」 痴漢から逃れられても、あんな人がいるのなら同じだ。石井先輩は慌てて私の肩に手を置いた。 「待って。落ち着こう。あいつが特殊なだけで、あとの入居者はまともだから!」 石井先輩は、とりあえず試しに2週間だけ滞在してはどうかと言った。気が乗らなかったけど、いますぐ帰ったらお姉ちゃんが文句を言いそうな気がした。せっかくあんたのうざい顔を見ずにすんだのに……って言われるかもしれない。うつむいている私を見て、石井先輩はオロオロしている。石井先輩はとてもいい人だ。私なんかが、先輩を困らせちゃ駄目だよね。 「二週間、だけなら」 小さな声でそう言ったら、石井先輩がほっと息を吐いた。 夕食の時間まで余裕があったので、外に出て花壇を見に行くことにした。花壇のそばにしゃがみこんで、咲き誇る花を眺める。ここの水やりって誰がしてるのかな。管理人さんかな。私、お世話したいな。2週間しかいないのに、そんなこと申し出るは図々しいか。しばらく花を眺めていたら、玄関のドアが開いて石井先輩が顔を出した。 「あ、空知さん、ここにいた。夕飯の時間だよ」 「はい」 私は石井先輩について食堂に向かった。花壇の世話を誰がしてるのか聞こうとしてけど、言葉が出てこない。まごついているうちに、食堂についてしまった。 食堂には、すでに大勢の寮生たちが集っていた。こんなにたくさんの人が住んでるんだ。 「おかずはセルフで取るの。おはしとお茶はあっち」 私はそう言った石井先輩にならい、トレーにおかずを載せる。今日の夕飯はブリの照焼か……。美味しそうだな。ちょっとテンションを上げて、食事を始める。夕飯のあとで挨拶する時間を設けると言われて、私はドキッとした。うまく話せるかな。心臓をどくどく鳴らしながら、味噌汁をすする。 食堂にふらっと入ってきたひとを見て、私は肩を震わせた。持っていたお椀から、味噌汁が溢れる。 薄茶色の髪とだるそうな表情と、皺くちゃなシャツに包まれたすらっとした体躯。そのひとはただ歩いているだけで、周りの目をひきつけた。
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