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まるで、モデルさんみたい。寮生たちがヒソヒソ話した。
「珍しい……五十嵐先輩がいるぜ」
「派手〜。めっちゃ女遊びしてるって噂だよな」
五十嵐先輩は食堂のおばちゃんからトレーを受け取って、なぜかこっちに来た。え?うそ、なんで?彼は何も言わずに、固まっている私の隣に腰を下ろす。すると、反対隣に座っていた石井先輩が、ぎろっと五十嵐先輩を睨んだ。
「あっち行って」
「なんで?」
「あんたね……さっきこの子に何したか覚えてないの」
「なんもしてないじゃん。ねえ?」
五十嵐先輩はそう言って私の顔を覗き込んできた。綺麗な顔が接近してきてパニックになる。
私は精一杯身をよじって、石井先輩のほうに顔を向けた。早く行ってください。ぎゅっと目をつむり、心の中で唱えていたら、五十嵐先輩はぱくぱくと夕食を食べて、ガタッと席を立った。すごい。食べるのはやい……。まさか私の祈りが通じたわけでもないだろうけど。
神さまに感謝していたら、五十嵐先輩がテーブルに200円を置いた。
「シュークリーム食いたい。買ってきて?」
「え?」
「頼んだよ」
彼は私の肩をぽんと叩いて、さっさと歩いていった。いきなり、パシられた……。呆然とする私に、石井先輩が言う。
「買ってこなくていいから。その200円もらっちゃいな」
「え……」
「被害を受けたんだから当然よ」
でも、買ってこなかったらまたあの人が部屋に来るんじゃないか。その不安で、胸がもやもやした。夕食後、私は石井先輩にうながされてみんなの前で挨拶をした。視線が集まってきて息が詰まる。
「空知、つばめです。趣味は、お花を育てることです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたら、拍手が響いたのでホッとする。
よかった、なんとか言えた。食事のあと、石井先輩がお風呂に案内してくれた。一階にある共同風呂は、もちろん男女で分かれている。お風呂の隣にはランドリーがあって、一回百円で使える。下着ぐらいなら手洗いしたほうが良さそうだ。
お風呂に入り終えた私は、チラッと時計を見た。
門限って8時だよね。それまでに帰れば問題ないはずだ。私は200円を握りしめ、最寄りのコンビニに走った。どのシュークリームがいいかなんて選んでいる余裕はない。目についたものを買って、急いで寮に戻る。せっかくお風呂に入ったのに、汗でシャツが濡れてしまった。
うそ、もう門が閉まってる。まだ8時じゃないのに。焦りながらインターホンを押したら、がちゃっと玄関の扉が開いた。顔を出したのは五十嵐先輩だ。ホッとしていいのか、怯えていいのか迷った。彼は門の方に歩いてきて、スマホの画面のあかりで私を照らした。
「ああ、シュークリームの子?」
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