馬鹿な君へ

3/6

347人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「ただいま」 「おかえりなさい!」 「ごめんな、今日も残業で」 「大変だよね~今の部署は特に忙しそうだから。私なんてずっと総務だったから定時で帰れたもん」 仕事は定時で終わっていたのだがまさかセックスをして帰ってきたなど言うわけはない。 何食わぬ顔でただいまと言ってリビングのソファでくつろぐ妻の顔を伺う。彼女に気づいている素振りはない。 すずは結婚してすぐに会社をやめた。 おそらくすずだって俺と結婚すれば専業主婦になれるというメリットを考えていただろうし、俺だってそうだ。結婚というのは打算だ。好きとか愛しているだけでするものではない。 今日会った愛美だってそうだろう。俺が大手企業に勤め、年収も申し分ないとわかっていたから本命になろうとしたのだ。女も男も、一緒だ。 彼女は俺の中の理想をすべて満たす。まずは馬鹿だということだ。遊ぶ相手は割り切ってくれる賢い女性がいいが妻は違う。真逆だ。出来るだけ馬鹿な女性がいい。世間知らずで俺が言うことをすべて信じてしまうような子だ。それがすずだった。 付き合っている時、一度浮気がバレそうになったことがある。 というのも、珍しく俺がミスをしたのだ。自宅では絶対に浮気相手を呼ぶことはないが一度だけ許してしまったことがあった。その時、浮気相手が洗面所にマスカラを置いていった。おそらくわざとだろう。 それを発見したのはすずだった。 『ごめん、実は体調不良だった友人を少しの間だけ家で休ませていたんだ。そのあとタクシーで帰ったよ』 正直、誰が聞いても疑うだろう。もし疑われて面倒なことになれば別れようと思っていた。なのにすずはそうなんだ、と言って納得してしまった。 背広を脱ぎながら他愛のない会話をしていると、すずはテレビドラマにはまっているようでエンディングが流れると「馬鹿な男だね」と言った。 「え?」 独り言のように言ったそれに背筋が粟立つのが分かった。 「不倫だよ、不倫。どろっどろのやつ。男側が馬鹿なんだよ~もう絶対バレているのに!」 不倫というワードにドキッとした。もしかして疑われている? そう思い彼女を見る。が、彼女は「そのドラマがね~」と楽しそうに続きを話そうとした。 ほっとして一瞬固くなった頬を緩ませる。 なんだ、やはり彼女は馬鹿だった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

347人が本棚に入れています
本棚に追加