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初めてをあげる
鹿内さんの新しい住まいであるマンションは、最寄り駅から１５分ほど歩いた住宅地にある。
駅前の商店街に美味しそうな洋菓子が並ぶ「パティスリーSAKURA」というケーキ屋さんがあったので、そこでショートケーキを二つ買った。
鹿内さんの好きなケーキは一位がショートケーキ、二位がチーズケーキ、三位がミルフィーユだということはもう調査済みだった。
鹿内さんと付き合い始めて早３ヶ月目。
もうすぐ鹿内さんの誕生日が来る。
その日はなにか美味しいお料理を作ってあげたい。
そのために今日はどんな調味料があるのか確認しなきゃ。
・・・初めて行く、鹿内さんの新居。
なんだか胸がドキドキする。
もっと早く訪ねて行きたかったけど、鹿内さんは
「そのうちな」
と言ったきり、なかなか私を部屋には招いてくれなかった。
私を部屋に入れたくない理由があるのだろうか？
そんな風に不安に思わないでもないけれど、きっと鹿内さんなりの理由があるのだろう、と信じていた。
「今度、俺の部屋に来る？」
そう言われたとき、私は頬を桃色にして頷いた。
部屋は片付いているのだろうか。
食事はちゃんととれているのだろうか。
私はサプライズで、鹿内さんの部屋を訪ねることにした。
今日は折しも週末の土曜日だ。
ラインで部屋を訪ねることは連絡しておいたけれど、ちゃんと見てくれているかな？
仕事で疲れて寝ている可能性も大だ。
晴れて恋人同士になったとはいえ、男の人の一人暮らしの部屋を訪ねることに緊張していた。
戸建ての住宅が立ち並ぶ路地の一角にある黄色いマンションに、前にもらっておいた地図を見ながら歩き、ようやくたどり着く。
オートロックのボタンを押すと、寝起きのようにかすれた鹿内さんの返事が聞こえて来た。
「つぐみです。」
そう告げると、オートロックが外れ、透明なガラスドアが開いた。
エレベーターの扉を開け、５のボタンを押す。
５０６号室が鹿内さんの部屋番号だった。
部屋の前まで来ると、震える指先でインターホンのチャイムを押す。
しばらくしてドアが開いた。
鹿内さんは寝ぼけまなこを手でこすり、まだ眠たげだった。
でもすぐに目を細めて、私を玄関の中に招いてくれた。
「驚いた。でもこんなサプライズなら大歓迎だよ。」
突然の訪問に鹿内さんは少しとまどっているようだった。
上は白い肌着のTシャツ、下はグレーのスエット姿という寝巻のようないで立ち。
髪は寝癖が付いていて、無精ひげも生えている。
「突然来てごめんなさい！びっくりさせたくて・・・寝ていたんですか？」
私は玄関で靴を脱ぎながら、鹿内さんのものである投げ出されているスニーカーを揃えながら尋ねた。
「ん。今さっき起きたとこ。」
フローリングの中央には黒い足のガラステーブルが置かれ、１リットル水のペットボトルや空のカップラーメンの容器、煙草とライターと灰皿が乱雑に置いてある。
テレビ、本棚、そして窓際にはベッドがあり、うちにいた時よりもさらに殺風景な部屋だ。
「まあ、座って。」
私は座布団もないフローリングの床に、腰を下ろした。
鹿内さんは寝起きの一服を吸うために、煙草に火をつけ、美味しそうに最初の煙を深く吸い込んだ。
窓の外の景色を見てみたくて、私はすぐに立ち上がった。
「やっぱり男の人の部屋って感じしますね。空気が淀んでいる。」
私はレースのカーテンを開き、サッシ窓を開けて空気の入れ替えをした。
「そうか？これでも綺麗にしているつもりだけどな。」
そう言いながら、鹿内さんはＴシャツの裾をまくりあげ、
お臍を見せながら脇腹をぼりぼりと掻く。
「私の他に女の子を部屋に入れたりしました？」
「するわけないだろ？女を部屋にいれるのはつぐみが最初で最後。」
鹿内さんは私の頭をコツンと軽くこづいた。
「ならいいけど。鹿内さんモテるから。」
「なに？架空の女にジェラシー感じているの？」
「そう、ジェラシーですよ！鹿内さんがなかなか私を部屋に呼んでくれないから。」
観念した私はそう認め、ケーキの入った小さな箱を鹿内さんに差し出した。
「はい！これ。鹿内さん、ショートケーキ好きでしょ？」
「つぐみからのジェラシー、たしかに受け取りました。」
鹿内さんはそう言ってにんまりした。
「お茶いれるので、一緒に食べましょう。」
「おう。サンキュ。」
私はキッチンにあったお茶っぱを急須に入れ、ポットのなかにあったお湯を入れ、
二人分のお茶を入れた。
鹿内さんは皿を出し、ケーキを取り分けた。
二人でケーキを食べていると、ふいに鹿内さんが私に尋ねた。
「つぐみ、その・・君のママに今日、ここに来ることは？」
「言っていません。言うとパパに告げ口するから。
パパ、デートの度にどこに行ったかとか、何をしたかとか、しつこく聞いてくるからうざったくて」
「そう」
私だってパパやママに、ひとつくらい秘密を持ったっていいよね？
「つぐみ。口にクリームがついている。」
「え？ハンカチ・・・」
「俺が取ってやるよ。」
鹿内さんはそういうと、私の口についたクリームを舐めるように唇を重ねて来た。
私と鹿内さんは抱き合いながらその場に倒れ込んだ。
私は鹿内さんの背中に腕を回しながら、長いキスを受け止めていた。
舌と舌が絡まって唾液が混ざり、息が苦しくなる。
でもそれは幸福な息苦しさだ。
「つぐみ。男の部屋にひとりで来るってどういう意味だかわかっていて来たの？」
「え？」
私は覚悟を決めた表情で、鹿内さんをみつめた。
「・・・うん。」
私は鹿内さんを安心させるために微笑むと、さらに鹿内さんの首に回した手をぎゅっと強めた。
「そうやって煽るなよ。」
鹿内さんは少し怖いくらいの強さで、私の唇を吸った。
その唇は首から鎖骨へと移動し、私の胸元近くまで到達した。
私は、思わず笑い声を上げた。
「鹿内さん。くすぐったいよ。」
「あーもう！海が見えるペンションに連れて行って、優しく奪うつもりだったのに。
つぐみがそんなに可愛い仕草を見せるから・・・もう限界。つぐみ、俺に一足早い誕生日プレゼント頂戴。」
「・・・え？」
「つぐみの全てを・・・俺のものにしてもいい？」
それは高貴なものに懇願するような、それでいて切迫しているような男の目だった。
そんなに切ない目でみつめられたら、私にそれを拒むことは出来なかった。
私は小さく頷いた。
でもいざそのときが来ても、どうやって振舞っていいのかわからない。
まるで未知の領域だ。
「今の鹿内さん、ちょっと怖い。」
私は正直な気持ちを述べた。
「怖がらないで。つぐみは何も考えなくていい。ただ俺に身体を委ねて。」
そう言うと鹿内さんはいきなり私をお姫様抱っこしてベッドに運んだ。
仰向けに寝かされた私は、いきなり大きな体に抱きすくめられる。
さっきまで鹿内さんが眠っていたベッドの寝具は、煙草の匂いと鹿内さんの温もりが残っていた。
実はもしかしてこんな展開があるのかもしれないと覚悟はしていたので、真っ白なシルクにフリルのついた一番お気に入りの下着を付けてきた。
でもいざとなると身体が強張る。
そんな私の髪を優しくなでたあと、鹿内さんは私のブラウスのボタンをゆっくり外していく。
私は思わずギュッと瞼を閉じてしまう。
「・・・やめるなら今のうちだよ。急かすようなこと言ったけど、つぐみのＯKサインがまだなら、俺はいくらでも待てるから。」
私は首を振った。
「ううん。鹿内さんなら・・・後悔しない。
初めては海が見えるペンションより、鹿内さんの匂いに包まれたこの部屋がいい。」
「・・・ん。わかった。」
鹿内さんは私の右手をとり、その甲にキスをした。
ブラウスのボタンの最後のひとつが外されて、私のブラジャーが露わになった。
「優しくするから、身体の力を抜いていて。」
ブラジャーの中の膨らみに鹿内さんの冷たい手の平が置かれる。
その手が次第に熱を帯びて、もみほぐされ、その中心にある薄桃色の乳首をそっとつままれた。
「あ。あんっ」
出したことのない声が、喉の奥から出てしまう。
ブラウスとブラジャーを外され、私の上半身は何もつけていない状態になった。
鹿内さんはゆっくりと私の胸に顔を埋め、その固い蕾を口に含んだ。
まるで乳を求める赤子のように必死にむしゃぶりついてくる。
そしてその先端を舌の先で転がして、芯が痺れてくる。
またしても恥ずかしい声が、抑えようとしても零れ落ちてしまう。
「あ・・・あん・・・あっ・・・鹿内さん、恥ずかしい・・・です。」
「これからもっと恥ずかしいことするから、覚悟して」
鹿内さんは私の胸をまさぐり、キスしながらまた乳首をソフトに触れる。
私は今まで感じたことのないもどかしい感覚に、ただ身を委ねていた。
私の切ない表情を見て鹿内さんはその手の動きをしばし止めた。
「鹿内さん、もっと・・・」
「ん？もっと・・・どうして欲しいの。ちゃんと言ってごらん？」
「もっと・・・ちゃんと触って欲しい。」
「・・・わかった。」
その指先に力が込められて、また私はよがり、声を出してしまった。
「あん・・・あっあっあっ！」
しばらくその行為が続いていたかと思うと、鹿内さんは私のスカートのホックを外し、はぎ取ってしまった。
白い三角の布が丸見えになり、私は恥ずかしさの頂点に達し、思わず掛布団を頭からかぶってしまった。
「駄目だよ。ちゃんと俺にその可愛い下着を見せて。」
速攻、鹿内さんは布団を剥いでしまう。
「嫌。恥ずかしすぎる。」
「もっともっと恥ずかしいことするって言っただろ？」
私は筋肉のついた鹿内さんの背中に手を回すと、ゆっくりと瞳を閉じた。
好きな人に身体を触られることが、こんなにも気持ちいいことだなんて思ってもみなかった。
鹿内さんは私の全身を丁寧に、優しく唇を押し当てていった。
いつのまにか私の身体を覆っていた布は全部はぎ取られていた。
鹿内さんの長い指が、私の小さな丘の割れ目を押し開いた。
そしてその奥にある花びらに触れた。
私の秘部からぬるりとした液体が溢れ、鹿内さんの指が動くたびにはしたない音をたてた。
ある部分に触れられて、私は背中からほとばしる電流のような初めての感覚に、身をよじった。
「鹿内さん・・・・私、どうにかなっちゃいそう・・・」
「大丈夫。もっと気持ちよくなるから。」
「あっ・・・はい・・・・んん・・・あ、あん」
「何も考えないで。ただ感じるだけでいいよ。」
その指先は時に優しく、時に激しくなった。
仰向けの私から見える鹿内さんの表情は、余裕のない、ただ夢中で私の身体に溺れる男の顔だった。
「つぐみ・・・。もっとその可愛い声を俺に聞かせて？」
「あ・・・あん・・・あっあ・・・んん。あ・・・ん。」
いつの間にか鹿内さんは自分のＴシャツもスエットも脱ぎ捨てて、私の肌と鹿内さんの肌が密着していた。
汗が、体液が混ざり合う。
鹿内さんの身体は肩幅広く、腕は筋肉がほどよく付いていて、煽情的な腹筋をしていた。
運動で鍛え抜かれた男の身体だった。
下の下着も脱ぎ捨てた鹿内さんは、固く膝小僧を合わせた私の両足をこじ開けた。
私の小さな丘に、鹿内さんの顔が覆いかぶさり、その髪の感触がくすぐったい。
そして一番恥ずかしいところに、鹿内さんの舌が絡みつく。
まるで甘いイチゴキャンディを口の中で転がすように。
「あ・・・。いやだ・・・。そんなとこ・・・」
私は両手で自分の顔を隠した。
恥ずかしくて死んでしまいそう・・・。
「・・・可愛い。つぐみのここ。」
鹿内さんは私の敏感なところを、舌でゆっくり、それでいて性急に攻めてくる。
そのたびにもどかしいような、くすぐったいような感覚に陥る。
ひくひくと奥のほうでなにかが蠕動運動をはじめ、吐息がこぼれる。
「つぐみ・・・どう？気持ちいい？」
「うん・・・」
「大丈夫。力を抜いて。痛かったら言って。」
その指の動きと共に、私の中の羞恥心が取り払われ、初めての身体の奥の疼きが訪れる。
・・・鹿内さんはその身体と指と唇で、何人の女性を抱いたのだろう？
そんな嫉妬心と独占欲がふと心によぎる。
そして鹿内さんの背中に爪を立てて、その身体に自らの刻印をつけてしまう。
もっと触って欲しい。
もっと私で欲情して。
私だけが貴方の欲望を受け止める、たった一人の女にして欲しい。
鹿内さんは小さな四角いなにかから丸いゴムを取り出し、素早くそれを自分のものに付けた。
それがコンドームという避妊の道具だと知っていた。
そしてそれが自分の身体と直接関係してくるという現実を、ぼんやりと受け止めていた。
大切にされている・・・そう思った。
鹿内さんの真剣な眼差しが私に許可を求めていた。
私は潤んだ瞳で、鹿内さんをみつめかえした。
そして私の秘部に、鹿内さんの張りつめた剣塔がゆっくりと押し込まれた。
「う・・・。」
頭の中が真っ白になり夢心地のまま、それは私の奥底を突いた。
「あっ」
「痛く・・・ない？」
鹿内さんが心配そうに私の瞳を覗き込む。
「痛くない・・・です。でも熱い・・・」
痛いどころか、気持ちいい。
私と鹿内さんの粘液が絡まり、ひとつになって、零れ落ちる。
これが結ばれるってことなんだ。
ふたりのパズルのピースがぴたりとはまって、一つの模様が浮かびあがる。
「っ・・・。動くよ。」
鹿内さんは自分の指と私の指を絡ませ、ギュッと握り、私の表情の変化を確認しながら、ゆっくりと腰を上下に振る。
「あっあっあっ・・・」
「つぐみっ・・・好きだよ・・・」
鹿内さんの汗がしたたり落ち、私の頬を濡らす。
そして私の瞳からも大粒の涙があふれる。
それは愛する男を受け入れることが出来た喜びの涙だった。
時が経つにつれもう堪えられないとでもいうように、その動きは少しづつ速度を増していく。
「あんっあんっああっ」
「つぐみ・・・つぐみ・・・俺だけのつぐみ・・・」
「あん・・・あっ・・・」
もう何も考えられない。
ずっとこの一瞬を閉じ込めてしまいたい。
離れたくない。
繋がっていたい。
鹿内さんのほとばしる熱を感じながら、私は大きな波に飲まれたように、恍惚のなかをさまよっていた。
「つぐみ・・・もっと俺を感じて・・・」
「・・・・・・あ。」
奥が切なくキュンとなり、ビクビクと震えている。
「・・・うっ・・・・ああ。」
鹿内さんの海が、私の中でいっぱいに満たされた。
その瞬間、私の何かが終わりを告げ、何かが始まった。
鹿内さんの身体が、私の身体を新しい色に染めた。
・・・いつの間にか、鹿内さんは私の中で果てたようだった。
「つぐみ・・・身体は大丈夫？」
荒い息を鎮めながら、鹿内さんは私を気遣ってくれた。
「うん。・・・でも」
気が付くとベッドのシーツには、赤い鮮血が染みついていた。
「ごめんなさい・・・。」
「どうして謝るの？これはつぐみが俺に初めてを捧げてくれた印だよ？」
そう言って鹿内さんは私の身体を抱きすくめた。
「つぐみ・・・涙がこぼれてる」
「だって・・・嬉しくて」
「つぐみは本当に泣き虫だな。」
鹿内さんは私の涙を両手の親指で拭った。
「鹿内さん・・・キスして」
私達はふたたび、お互いを狂おしく求めあい、口づけをかわし、両足を絡ませた。
「・・・鹿内さんじゃなくて、弘毅だろ？何回言えばわかるの？」
「だって・・・ずっと鹿内さんって呼んでたから、なんだか恥ずかしい。」
「罰として俺が喜ぶ言葉、三つ言って？・・・あの言葉は使っちゃ駄目だよ。」
どうして「愛している」って言っちゃいけないの？
でもそれが鹿内さんと私の暗黙のルール。
「・・・弘毅、大好き。」
「うん。」
「・・・ずっと弘毅のそばにいる。」
「うん。」
「・・・私はずっと弘毅だけのもの。」
「・・・俺もずっとつぐみだけのものだよ。」
鹿内さんは満足そうにそう言うと、私の鼻先にキスをした。
「それと敬語はナシ。もう俺とつぐみの立場はイーブンなんだから」
「違う。私の方がずっと弘毅のこと好きだもん。
いつまでたっても私の方が負けっぱなし。
でも・・・言わせて？
弘毅・・・好き。大好き。
素直に気持ちを伝えられるだけでもこんなに嬉しいの。」
「ん。今のところはそれで合格。」
再び鹿内さんの唇が私の唇と重なり合う。
「今のところは？私これ以上、思いを伝えるすべを知らない。」
でも私は鹿内さんに想いを告げるだろう。
何度でも何度でも。
優しく頬を触れられて、私は鹿内さんの熱い体温に身を任せながら、常々疑問に思っていたことを初めて口にした。
「ねえ。弘毅は、いつ私を好きになってくれたの？」
「・・・それは内緒。」
「意地悪！もう教えてくれたっていいでしょ？」
私は鹿内さんに背中を向け、拗ねてみせた。
そんな私の腰を、鹿内さんは後ろから強く抱きしめた。
そして少し迷ったようにしばらく沈黙してから、私の左耳に囁いた。
「初めてつぐみを見たときから。ずっと。」
「初めて？弘毅が初めて家に来た時から？」
「うーん。どうだろ。」
「なんだ。やっぱり一目惚れしてくれたわけじゃないんだ？」
「・・・一目惚れだよ。」
鹿内さんは私の髪にくちづけながら、そうつぶやいた。
そしてさりげなく、私に尋ねた。
「つぐみは？いつ俺を好きになったの？」
「・・・いつだろう。気が付いたら好きになっていたの。魔法にかかったように。」
「・・・俺が魔法をかけたんだよ？」
「そうなの？」
私はクスクスと笑った。
「でも今はきっと私の方が弘毅のことを好きよ。
だって弘毅はいまでも「愛」がわからないんでしょ？」
「・・・でも一生ずっとつぐみのそばにいたい。それは絶対的に変わらない感情なんだ。信じてくれるかな？」
私は自分の体をくるりと弘毅の方へ向け、弘毅の頭を、自分の胸の谷間に抱き寄せてその髪を優しくなでた。
まるであどけない赤子に乳を与えるように。
「いいの。弘毅は愛なんて知らなくていいのよ。
そのままでいいの。
今、この瞬間、私の想いを受け止めてくれれば、それで私は満足なの。」
鹿内さんは「愛している」って絶対に言ってくれない。
だから私も「愛している」なんて言ってあげない。
でも愛なんて言葉を使わなくても、私にはわかる。
その瞳、その表情、その言葉、その行動、その全てで私を愛してくれているってことを。
それを「愛」という言葉で表現するのを怖がっていることも。
「弘毅・・・大好き。」
「うん。知ってる。・・・俺も。」
鹿内さんはまた優しいキスをくれた。
ねえ、鹿内さん・・・これが愛するってことよ。
鹿内さん・・・ううん、弘毅。
弘毅が私への「愛」を知るまでは・・・いつか「愛」を知っても・・・ずっとそばにいてね。
fin
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