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男嫌いでなにが悪い①
その会話を漏れ聞いたのは、ほんの偶然だった。
夜中に急に喉が渇いたので冷蔵庫にある麦茶を飲もうと思い、階段を降り一階にあるキッチンへパジャマ姿で向かった。
着ているモコモコパジャマはお気に入りのクマさん模様。
一階のリビングには、この時間にしては珍しく、明かりが煌々と点いていた。
きっとお酒の好きなパパがママを相手に晩酌でもしているのだろうと、あまり気にもせずキッチンで麦茶をグラス一杯飲むと、2人の邪魔にならないように急いで階段を上ろうとした。
その時、思いがけないほど大きなママの声が聞こえ、階段を上る足を止めた。
「私は反対ですからね!」
普段のママはどちらかというと穏やかで、ヒステリックになることはほとんどない。
それだけにその言葉は私の心に引っ掛かった。
どうしたんだろう?
珍しく夫婦喧嘩かな?
まさかパパ、浮気したとか?!
いやいや自他ともに認める愛妻家のパパに限って、そんなことはないと思うけど。
私は階段の一番下の段に座り込み、二人の会話に耳をそばだてた。
「それに・・・つぐみが怒りますよ?」
自分の名前が出て心臓がどきんと音を立てた。
どうやら二人は私に関係のある話をしているらしかった。
「でもこれは俺が決めたことなんだ。いくらつぐみが反対してもな。」
母の真剣さのこもった声に比べ、パパの声は幾分のんびりとしていた。
「つぐみだって信二の為なら、許してくれるだろう。何しろつぐみは幼いころから信二にべったりだったからな。」
「そんなこと言ったってあなた・・・つぐみがなんて言うか・・・」
「仕方ないだろ?!もう引き受けてしまったんだから。」
「・・・・・・。」
パパの強い語調にママは口を噤んでしまった。
「・・・信二君も急に変な事言い出すんだから。こちらの都合も聞かないで。ほんと安請け合いしちゃって。まったく困ったものだわ。」
「でもそこが信二の良いところでもある。いやアイツの美徳だと言ってもいい。あの信二が惚れこんでいるんだ。そればかりか、親父やお袋のお墨付きもあるんだぞ。特にお袋なんてべた褒めしているんだから、悪い人間であるわけない。ここで助けなきゃ、男が廃るってもんだ。
困っているときは素直に助けを求める、反対に困っている人間がいたら手を差し伸べる。
金八先生もそう言っているだろ?人という字は人と人が支え合って出来ているって、な。」
「その人、そんなにお金持ってないの?」
「ああ。金もそうだが、家庭の温もりに飢えているそうだ。
だから俺達家族も温かい目で見守ってあげようじゃないか。」
少しの沈黙のあと、ママの声が柔らかく変化した。
「わかったわ。パパがそこまで言うなら、私もそれに従います。」
信二さんとはフルネーム山本信二、パパの弟、つまり私の叔父さんだ。
明るくて優しくて面倒見がよくて、幼い頃から一緒に遊んだり絵本を読んだりしてくれた私の大好きなお兄ちゃん。
わたしは、その話をもっと聞きたいと思って、しばらくその場にとどまっていたけれど、二人の話題は近所のマンション建設による騒音のことへシフトしてしまった。
私は大きなクエスチョンを胸に、ゆっくりと2階への階段を上った。
自分の部屋に戻りベッドに入ってから、先ほどのパパとママの話を、自分なりに推理してみた。
信二兄ちゃんが惚れこんでいる人を助ける、ということ。
その人はお金と家庭の愛に飢えている、ということ。
さらにその人はお祖父ちゃんやお祖母ちゃんにも好かれている、ということ。
ヒントはこれだけ。
うーん。うーん。
しばらく考えていくうちに、一つの結論にたどり着いた。
信二兄ちゃんは、とても良い人だけどお金がなくて天涯孤独な女性と結婚するんだ!
優しい信二兄ちゃんがやりそうなことだ。
そしてそのお相手は、もうお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにもご挨拶済みなんだ。
でも信二兄ちゃんの今の財力では、結婚費用やこれからの生活資金が足りない。
だからパパがそのお金を貸して・・・ううん、もしかして援助してあげるのかもしれない。
確かに私はお金に関しては潔癖な面があるけれど、信二兄ちゃんを助ける為のお金はパパが稼いだものなのだから、そんなに心配しなくても私は反対なんてしないのに。
パパもママも大袈裟だな。
でも信二兄ちゃんはまだ大学生だよ?
結婚なんて早すぎない?
あ!まさかの出来ちゃった結婚ってヤツ?
だったらなおさら、お金がかかるものね。
結婚式や新しい住居や出産費用やら、きっと色々大変だ。
でも信二兄ちゃんが選んだ相手なら、絶対良い人なハズだし、私反対なんてしないのに。
・・・・でも、ふーん。そうか。
私に赤ちゃんのいとこが出来るんだ。
男の子かな?女の子かな?
きっと信二兄ちゃんに似た、たれ目の可愛い赤ちゃんが産まれるに違いない。
そしたら赤ちゃんが遊べる、タオル地で作ったおもちゃをプレゼントしてあげよう。
信二兄ちゃんが私にしてくれたように、私が沢山持っているお気に入りの絵本を読み聞かせてあげよう。
そんなに上手じゃないけど、子守歌だって歌ってあげる。
そしてそのいとこの赤ちゃんは、私に向かってこう呼ぶんだ。
「つぐみおねえたん」って。
私、ひとりっ子だから、ずっと妹か弟が欲しかったんだよね。
わあ。すごく楽しみ!
私はベッドの中で、近い未来に訪れる環境の変化にわくわくしていた。
そしてその環境の変化は、しばらくして現実となった。
私の思っていたのとは違う形で・・・。
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