切ない恋心

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「俺がバイト終わるまで待ってるの、あんまさぁ…」  颯祐のバイトは夜の八時までで、僕は三十分位前に本屋に着いて、色んな本を見ながら時間を潰して颯祐を待った。 「駄目なの?」  だって、颯祐とのお別れは一日ずつ近付いているんだ。一分、いや一秒だって無駄にしたくない。 「バイト仲間の子に、変に思われるから」 「女の子?」  すかさず訊いた。 「いや、男も女もだけどさ」 「変にって?」  意味は分かっていた。 「んー、いつも一緒だな、って言われたし」 「昔からいつも一緒じゃないか」 「そうだけど…まぁ、何て言うかさ」 「何?」 「カラオケとか、誘いづらいらしいんだよ」  颯祐がどんどん離れていくのを感じた。高校生になってから颯祐はどんどんとカッコ良さを増して、颯祐目当てに本屋さんに来てるだろう女の子も分かる位だった。  どうしてだろう、どうして僕は颯祐を好きになってしまったのだろうと、苦しい思いで隣りを歩いた。 「そうなんだ、ごめんね気付かなくて。じゃあ今度からは来ないからさ、安心して」  精一杯の笑顔を見せたつもりだったのに、泣き虫な僕はまた涙を滲ませてしまう。 「漣…また何処かに出掛けよう、な?」  そんな僕を見て憐れんだのだろう。 「ううん!僕だって本格的に受験勉強しなきゃだしっ!大丈夫!」  ずっと勉強は颯祐に教わっていたけれど、申し訳ないから塾に行く様にと、以前から親に言われていた。そうだよね、颯祐をいつまでも独占していては駄目だよね、そう思って塾に行く事に決めた。  大人になったでしょう?僕。 ◇◆◇ 「塾だって?いつから?」 「明日から、駅前の塾」 「何時まで?」 「夜の九時」 「帰りは?危ないじゃん」  颯祐と離れて何かをするのは初めてかも知れない、颯祐が心配そうに僕を見る。 「大丈夫だよ、何言ってんの?僕だってもう子どもじゃないんだよ」  ふふん、と笑って見せた。 「駄目だよ、迎えに行くよ」  どうしてそうやって、僕が颯祐から離れようと、漸く決めた覚悟をへし折る様な事を言うんだ。 「だーめ!颯祐がいなくなっても大丈夫な様に、僕だって慣らさないとね」  あ、嫌味に聞こえてしまったかな、颯祐の顔が少し、しゅんとなった。でも、そうでもして颯祐から離れる事に慣れないと、本当に遠くに行ってしまった時に、僕は気がおかしくなってしまうと思った。 ✴︎✴︎✴︎ 「漣!」 「颯祐!何で?」  塾の授業が終わって外に出ると、颯祐が待っていた。 「今日、バイトが少し長引いちゃって、どうせだから待ってた」  嘘だね、と思ったけど素直に嬉しかった。でも、やめてよ颯祐、僕の心が辛過ぎた。 「次からは待ってちゃ駄目だからね」  颯祐に釘を刺した。何だか少し気分がいい。いつも追いかけて焦がれている颯祐に、こんな事を言うなんて、と思う。  僕が塾に通い始めてから、颯祐の様子が少し変わってきた様に思えた。
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