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それから颯祐は、加藤君の名前を出すと不機嫌になるのが分かったので、極力言わない様に気を付けた。
「合宿、どうだった?」
「ずっと勉強ばかりで疲れちゃって、身に付いたか分からないよ」
そう答えると、颯祐は満足そうに笑って
「そうか、お疲れ様。受験、早く終わるといいな」
僕の頭を撫でて、そう言った。
加藤君の名前は絶対に出してはいけないと思い、少し目が泳ぎながら、笑った僕の顔は引き攣る。
合宿は結構楽しかった。夕飯はビュッフェ形式だったり、勉強だけではなくて運動もあったりで、充実していたけれど、それは颯祐にとても言えない。
そんな日々を過ごしながら、僕は第一志望の受験日を迎える。
「受験票持ったか?鉛筆何本持った?時計してるか?いいか、落ち着けよ、漣なら大丈夫だから!」
僕の両親の前で、あれこれと僕の心配をしてくれた。後ろの方で祐実おばさんが苦笑いをしながら「颯祐、漣君なら大丈夫よ」と、冷や汗を掻いて言っている。そんなおばさんの様子に全く気付いていないようで、颯祐の僕への心配は続く。
「やっぱ俺も一緒に行くか?」
「や、やめてよ。大丈夫だよ」
受験校まで一緒に行くと言い出したので、流石に慌てて僕は断った。
「あらあら、漣はすっかり颯祐君の子どもみたいね」
母親がくすくすと笑いながら、僕達を見て言うと、「すみません…」と祐実おばさんが謝った。
いつまでも子ども扱いをする颯祐は、志望校の合格を知り、それはそれは喜んでくれた。そう、僕は第一志望の大学附属の高校に合格した。ついでに言うと、加藤君も合格したのでちょっと颯祐が怖い。
「おめでとう!漣っ!」
「ありがとう!」
にこにこで僕を抱き締める。
ドキドキした。僕も背は伸びたけれど、ぐんぐんと身長が伸びて190センチを超える颯祐の胸に顔が埋まる。
「く、苦しいよ…」
ずっと胸の中にいたかったけれど、心臓がバクバクと激しく打って、そっちの方が耐え切れなかった。
「何か欲しい物あるか?合格祝いに何か買うから」
「いいよ、そんなの。颯祐におめでとうって言って貰えただけで嬉しいよ」
本心だった。颯祐にこんなに喜んで貰えて、それだけで充分だった。
「その為にバイト代貯めたんだから、何かさせてくれよ」
颯祐の言葉に胸がいっぱいになった。僕の為に?嬉しくて、本当にもう何もいらなかった。
「じゃあ、前に約束した僕の絵を描いてよ」
颯祐がキスをしてきたあの日、画材道具を買う為の下見をしていた時に、僕の絵を描いてくれると言った。
「颯祐と、あと一年しか一緒にいれない。お別れの日までに描いてくれたら、僕、嬉しい」
自分で言って、改めて颯祐との日を思って涙が出そうになる。
「うん、分かった。描くよ、約束する」
僕の頭に手を乗せて、わしゃわしゃとした。
「髪がぐしゃぐしゃになるじゃないか、やめてよ」
涙が出そうなのを堪えて笑ってみせたけど、やっぱり涙は流れてしまった。
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