昔日の想い

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昔日の想い

「颯祐くん、絵が上手だね」  颯祐は、いつも大きなスケッチブックを持っていて、よく絵を描いていた。当時一年生の僕が思う『上手』が、どれ程だったのかは覚えていないが、颯祐が絵の賞状をよく貰っていたのは覚えている。  三年生の二学期から転校してきた颯祐だったが、その端正な風貌と何でもそつなくこなす彼は、あっという間に人気者になった。  だから、僕は自慢気に颯祐の隣りを歩いた。皆が颯祐の傍に寄って来る、でも颯祐のすぐ隣りはいつも僕だった。  初対面の時には、笑いもせずに僕を睨むように見ていたが、夏休みを毎日、二人で一緒に過ごすうちに颯祐は心を開き、互いに一人っ子の僕達はすっかり兄弟の様になっていた。 「漣、あげる」  僕の家と離れが繋がる庭で、僕達はいつも遊んだ。颯祐がいつもとは違う、小さなスケッチブックを一枚破り取ると、そこには一目で分かる、僕が描かれていた。 「凄い!颯祐くん!これ、僕だよね!?」  興奮して、両手を震わせながら貰ったスケッチを破りそうな勢いで握り締めた。  このスケッチは、後に僕の宝物となる。  颯祐はいつも僕を守るように、傍にいてくれた。母親がどうしても家を空けなければならない夜は、颯祐が一緒に僕の部屋で寝てくれる事を許してくれていた。僕はそんな夜が楽しみだった。颯祐は色んな遊びや話をしてくれて、眠るのが惜しいのに、いつもいつの間にか寝入ってしまっていたのが悔しかった。  ずっと颯祐の傍にいて、それが当たり前になっていた毎日に変化が起きたのは、颯祐が中学に上がった時から。  小学校は毎日一緒に登下校をしていた。中学校は小学校とは反対方向。黒い学生服を着て家から出て行く颯祐があまりに格好良すぎて、遠くなる背中を見つめて、僕の知らない時間を過ごす颯祐に、酷く嫉妬をしたのを覚えている。  そう、僕は颯祐に恋をした。  この頃から僕は、颯祐を『颯祐くん』ではなく『颯祐』と呼び捨てにする様になる。  気付いのはいつだっただろう。『天海学園』には行かない、颯祐と同じ公立中学に通う、と我を通したのは、その時既に颯祐に想いを寄せていたからかも知れない。  祖父母も両親も、『天海』に通わせるつもりは最初からなく、違う私学に通わせるつもりだった様で、『公立』という事に少し抵抗を感じた様だが、颯祐がいる事で渋々了承した。  それほど、颯祐はウチの家族からの信頼を得ていた。 「何で天海のボンボンが此処に来てんだよ」  入学して数日後、見るからに劣悪な、いわゆる不良グループと呼ばれるであろう二年生の数人が、僕を囲んだ。
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