颯祐が好きで仕方がない

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颯祐が好きで仕方がない

 本屋さんのアルバイトがない日、颯祐は美術部の部活へ寄ったり、そのまま家に帰って絵を描く事が多い。この日は部屋で絵を描いている様だったので、颯祐の部屋へ行った。 「え?バドミントン?」  高校に入学してひと月程経った頃、僕は部活動を始めようと思った、というか、これは絶対に言えないけれど、加藤君に誘われた。 「やった事ないだろう、漣は」  やっぱり機嫌が悪くなった。 「うん、でも初心者でも平気だって…」 「毎日遅くなるのか?」 「そ、そんな事ないよ!夕方六時には終わるから、七時には家に着くよ!」 「七時?」 「うん、遅くないよね?お母さんもいいって言ったし.…」 「ふーん」  チラリチラリと颯祐を見て、ご機嫌を見て、会話を続けた。  颯祐の機嫌は損ねたくなかった。だって、颯祐は僕を凄く大事にしてくれるし、凄く…優しくしてくれる。ご機嫌さえ損なわなければ、誰よりも、世界中の誰よりも僕を大事にしてくれる。 「僕なんかより、颯祐が運動部に入るべきだよね」  颯祐は勉強は勿論の事、運動だって得意だった。中学の時も、沢山の運動部から勧誘をされていたけれど、遠征費などが掛かるからと言って、運動部に所属しなかったのを僕は知っている。それなのに、やった事も無い僕がバドミントンなんて、とは思った。 「いいじゃん、やりなよ」  颯祐がにっこりと笑って、描いていた筆を置くと、居間に座っていた僕の斜め前に座る。 「試合の時には応援に行くから、レギュラーになれるように頑張れよっ!」  僕の頭をぽんぽんと軽く叩いた。  応援に?じゃあ、颯祐が東京にいる一年生のうちにレギュラーにならなければならないじゃないか、九州からわざわざ応援になんか来てくれないよね。 「うん…頑張るよ」  だったら、この一年は颯祐との時間を大事にした方がいいのかと、そんな事を思った。どうしてもバドミントンをやりたい訳では無い。僕は颯祐と一緒にいたい。そんな僕の気持ちを、颯祐はきっと知っている。  その時、僕の心に不穏な気持ちが横切った。 「加藤君に誘われたんだ、バドミントン」  颯祐の反応を見たかった。加藤君の話しを出すといつも機嫌が悪くなる、颯祐の反応を待った。  颯祐の機嫌が悪くなったら、嫉妬をしてくれているんだ、確認しようと思った。そうしたら、バドミントン部には入らないと言おう。僕が部活を始めようと思った気持ちなんて所詮、そんな程度だった。 「そうか、加藤君か。じゃあ楽しくなるな」  え?嫉妬はしてくれないの?加藤君だよ、颯祐が笑って話すなと言った加藤君だよ、僕は拍子抜けして、軽く溜息をついた。 「どうした?」  颯祐が爽やかな笑顔を僕に向けた。 「ううん、頑張るね」  なんだ…。  酷く落ち込んでしまった。  加藤君に「嫉妬をしているかも知れない」って、言っていた颯祐の、あの言葉は何だったのだろう?加藤君の話しをすると、いつも機嫌が悪くなっていたのは、嫉妬ではなかったの?僕が他の人と仲良くなるのが嫌だと思ってくれていたんじゃないの?  それとも、あの時と今では気持ちが変わってしまったって事?    恨めしげに颯祐を見る僕を、頬杖をついて見ている颯祐の目はとても涼しげで、思わず目を逸らして紅潮する。  ああ…惹き込まれる。  色んな思いで、胸の中がぐちゃぐちゃとしているのに僕は、颯祐の傍でそんな事をただ思った。
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