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「やっぱりバドミントンはやらない」
次の日、以前の様に本屋さんで颯祐のバイトが終わるまで待って、帰り道でそう言った。
「なんで?やればいいじゃん」
あっさりと言う。
「颯祐といられるのもあと少しだし、颯祐との時間を作りたい」
僕は素直に気持ちをぶつけた。自分の気持ちを隠したり、取り繕ったりしてる余裕なんて無かった。颯祐は遠くに行ってしまうんだ、そう思うとどうしようもない位に胸が痛んだ。
「俺との時間って?」
なにそれ?という感じで、チラリと視線を寄越して訊いてきた。
え?予想していなかった颯祐の問いに、態度に一瞬固まる。それは言わなくても分かってくれている筈だった。なのに、どうしてそんな事を敢えて訊くのだろうかと、僕は返事に戸惑う。
「だって…」
それしか言えずに、黙って立ち竦んでしまった。颯祐は構わずにズンズンと先を進んで行く。遠くなる背中を、立ち止まってただ見つめていた。
くるりと颯祐が振り向くと、だいぶ離れて後にいる僕に首を傾げていた。
胸がキュッとして涙が滲んで、その場にはいられなくて、僕は踵を返して反対方向へ走り出した。
違う道で帰ろう、そう思いながポロポロと溢れる涙を制服の袖で拭いた。
いつもと違う道は、大通りから外れているので静かだし暗い。ブブッとスマホが振動した。颯祐かな…期待をしてスマホをポケットから取り出す。
『遅いから、気を付けて帰れよ』
颯祐からだった。追ってきてはくれなかった。涙が止まらくて、思わずしゃがみ込んだ。
✴︎✴︎
「漣…」
声がして、僕の頭に誰かの手が触れるのが分かる。颯祐だ!しゃがんで腕の中に埋めていた顔を上げた。
「頼むから、心配かけないでくれよ」
颯祐の顔は今にも泣きそうで、そんな顔は見たことがなかったから、慌てて立ち上がった。
「ごめんなさい!だって、だって僕…」
颯祐の胸に飛び込んだ。
「だって僕、颯祐と本当に離れたくないんだ」
「うん」
「颯祐がいなくなる事を考えただけで、胸が苦しくなって辛いんだ」
「うん」
「ずっと颯祐と一緒にいたんだよ!」
「うん」
抱き締めて僕の頭に頬を擦り付けて、颯祐は「うん」としか言わない。
埋めていた胸から顔を離し、颯祐の顔を見上げて
「颯祐、お願い、キスをして」
涙が乾かない僕の目は、潤んだ瞳で颯祐を見た。
一瞬、躊躇った様な颯祐だったけど、静かに近付き、唇が僕の唇に触れて、チュッとリップ音をさせて一度離れると、口を開けて僕の唇を覆った。ヌルッと舌が這入ってきて、驚いてしまったし、どうすれば良いのか分からなくて、僕は夢中で颯祐のされるまま受けていたら、苦しくなってもがいていまった。
「バカ、鼻で息しろ」
囁く様に小さくそう言うと、またキスをした。僕の口の周りが唾液でいっぱいになると、颯祐は指で拭き取りペロッと舐めて、また抱き締めてくれた。
「漣、俺の漣…」
嬉しかった。嬉しくて涙が出た。颯祐も僕と同じ気持ちでいてくれたのだと、はっきりと分かって嬉しかった。
颯祐が好き過ぎて仕方がない。
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