近付く別れ

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近付く別れ

 「ダメだよ、そんな顔したって」  颯祐は立ち上がって、僕の部屋を出ようとした。 「待って!もう何もお願いしないから、まだここにいて」  慌てて僕も立ち上がり颯祐の腕を掴んだ。恥ずかしい気持ちもあった。颯祐と繋がる事を拒否されて、恥ずかしかったけど離れるのは嫌だった。 「もう夕飯だろ、帰るよ」 「もうちょっとだけ…」  本当に切なくて、僕は颯祐の腕を掴んですがった。離れたくない、今、この状況で離れたくなかった。せめてもう一度、キスをして欲しかった。 「キスして」  (こぼ)れてしまいそうな涙を堪えた。  颯祐は、おでこにキスをして僕の頬を撫でて、フッと悲しそうに笑う。    どうして? 「僕を嫌いになった?」  涙がポロリと溢れてしまった。 「何でそんな風に思うんだよ」 「……」  僕は何も言えなかった。  風は涼しくなり、うろこ雲を浮かばせた秋の空が、澄み切った凍空へと変わった頃、颯祐の推薦入試の合格を知らされる。  遠くへ行ってしまう。  張り裂けそうな想いを、僕は胸に秘めて颯祐にお祝いを言う。 「おめでとう、颯祐」 「ありがとな」  そう言葉を交わしただけで、沈黙が流れた。  声に出して、泣いてしまいそうだった。僕は唇を噛んで涙声を堪える。颯祐のお祝いなのにと、頭では分かっている。  体の繋がりを求めて拒否をされたあの日から、颯祐は僕に触れなくなった。そう、キスもしてくれない。それでも僕は颯祐の傍にいたい。だから僕は何も求めなかった。嫌われてしまうのは嫌だったから。  幼い頃から兄弟の様に暮らしてきた僕達は、あんな関係を経験しても、何事も無かった様に普通に接して、日々を過ごせた。  以前の様に、毎日メールをしたり、顔を合わせる事はもう無くなっていたけれど。 「何かお祝いしないと、だね」  何とか笑ってみせた。 「いいよ、そんなの」  優しい笑顔で僕に言う。  ああ、そうだ、思い出した。僕の高校受験の合格祝い、颯祐に僕の絵を描いて貰うんだった。まだ貰ってない、覚えているのかな?そんな事を颯祐の笑顔を見ながら思った。  颯祐へのお祝い。貯めたお小遣いで買うのは何か違うよな。颯祐みたいに僕は秀でた才もない、絵を描くとか、何かをしてあげるとかも出来ない…というか、嬉しくないから何も考え付かないのが本当の所だった。  絵を教わる為に九州へ行くと言っていたので、てっきり美術系の大学なのかと思っていたけど、普通の国立大学で「なんで?」と思う。そこまでして絵を続けるのならば美術大学に行けばいいのに、と単純に思って訊いてみたけれど、美術大学なんて学費が高すぎて行けない、と爽やかな笑顔で言う。  「お前とは境遇が違う」と言われている様な気がして切なかった。 「もうすぐ正月だな。大晦日の夜からお参りに行くか?」  颯祐が嬉しそうに誘う。 「そうだね」  何とか笑って返す事が出来た。
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