近付く別れ

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 年も明け、颯祐といられるのも、もう三ヶ月もない。この頃になると僕は酷く気が滅入り、毎日暗い顔をして、言葉も少なくなっていた様だった。自覚が無い。 「漣、ちゃんとご飯、食べないと」 「うん」  食事もろくに取らなくなって、母親に心配を掛けた。でも、喉を通らない。エナジーゼリーやドリンクでプロテイン菓子を流し込む毎日。 「漣、俺も用があるから駅まで一緒に行こう」  朝、学校へ向かう時、颯祐が傍に寄って来た。後は卒業を待つだけの颯祐は、週に一度登校する位で、今日も学校へ行く訳ではない。 「うん」  あと少ししか一緒にいる事が出来ないからか、僕は颯祐を見るのが辛くなっていた。  何も話さずに、沈黙のまま二人で並んで歩く。以前の僕なら気まずくて、一所懸命話題を探していただろうな、そんな事を思いながら沈黙に馴染む。 「今日、学校終わったら何か予定あるか?」 「別に」  颯祐の問いに、胸を弾ませる事も無く顔も見ずに答えた。 「じゃ、俺んトコ来れる?」  どうしてそんなに嬉しそうな顔が出来るんだろう。満面の笑みの颯祐が恨めしかった。 「…… うん」  颯祐の誘いに、僕は胸が弾まなかった。その後の切なさや苦しみが容易く想像出来たから。  僕の浮かない顔に気付かない振りをしているのか、背中をぽんと叩いて 「じゃ、待ってるからなっ!」  笑顔で改札を抜ける僕を見送った。  ぽんと軽く叩かれた背中が、痛い。  電車を待ちながら、滲む涙を指で拭いた。 ✴︎✴︎ 「おかえり、上がれよ」  学校から帰り、家に寄らずに直接颯祐の家に行った。 「ううん、ここでいい。何?」  僕は部屋には上がらず、玄関先で颯祐に訊いた。  そんな僕を見て、「そっか、待ってて」と颯祐だけが奥に戻って行った。がさごそと部屋で何かをしている音が聞こえて、少しすると少し大きめの額縁を恥ずかしそうに持ってきた。 「滅茶苦茶遅くなった。ごめんな、漣の高校合格祝い。」  そう言って、両手で持って僕に絵を向けた。B3程の大きさで、僕の顔の水彩画。  少し顔を赤らめて嬉しそうに笑う僕が、額縁の絵の中にいた。 「漣はいつもこんな顔で俺を見てくれて、ホント、俺も思わず微笑んじまう」  涙が流れた。ぼろぼろと涙が流れて、「ありがとう」も言えずに、背負っているリュックの肩紐を両手で掴んで俯いて立ち竦んだ。 「あ、あの…受け取ってくれるか?」  何も言わずに泣いているだけの僕に、流石の颯祐も困惑している。 「ろくにメシも食ってないって、漣の母さんも俺の母さんも心配してる」 「…… 」 「何か作るか?」 「… 大丈夫だよ。絵、ありがとう。大事にする」  僕は颯祐が持つ絵を受け取り、何とか笑って見せた。 「… 漣」  颯祐の呼ぶ声に顔を上げて、もう一度、ふっと笑った。颯祐の、苦しそうな顔が分かった。自分のせいだと分かっているんだろう。申し訳ないけど、颯祐の気持ちまで配慮する余裕は、今の僕にはない。 「本当にありがとう」  そう言って玄関を出ようとした時、颯祐がタタキに下りてきて、僕の腕を捕まえた。
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