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別離
颯祐が九州へ行くという前日、天海家で盛大に『送る会』を開いた。
颯祐と二人きりで、じっくりと別れを惜しみたかった僕は、少し機嫌が悪い。
「颯祐君が遠くに行くから、漣が機嫌悪くて困るわ」
一時、食事も出来ずに落ち込んでいた僕が嘘の様に元気になったので、安心して母親はそんな事を、笑いながら言った。
「颯祐君は本当に優秀だったな。入学式では新入生代表の挨拶で、卒業式では答辞、凄いよ」
父親が颯祐を見て目を細めた。僕が言われている様な気がして嬉しかった。
「祐実さん、寂しくない?」
「ちっとも!颯祐は結構チェックが厳しいから、これからは私のペースで暮らせます」
祐実おばさんがそう言うと、颯祐が「なんだよ」と、照れ臭そうに笑った。
「ご馳走様でした」
片付けを終えて、颯祐と祐実おばさんを玄関で見送る。途端に寂しさが押し寄せて、身体が震えた。
「颯祐!コンビニに買い物行くの、付き合って!」
僕も並んで靴を履いた。
「漣、駄目よ。颯祐君、明日早いのよ」
すかさず制する母親の言葉に
「大丈夫ですよ」
颯祐が笑って応えてくれた。
夜道を並んで歩く。三月も半ばはまだ寒い。
東京でも、寒い夜の星は少しは綺麗に見えた、
「颯祐、元気でね」
「ああ、漣もな」
「毎日、電話頂戴」
「約束する」
「九州に行く交通費の為に、僕、バイト始めるんだ」
「え?漣がバイト?何の?ちゃんと、良いって許可貰ったの?」
「許して貰えなくたって、バイトする」
「駄目だよ。お母さん、困らせちゃ」
歩くのをやめて、ピタリと僕は止まった。
「平気だと思ったんだ。大丈夫だって、颯祐が九州に行っても、僕は大丈夫だって思ってたんだ」
ぼろぼろと溢れる涙を、拭う事もせずに颯祐に抱き付いた。
「遊びに来いよ」
颯祐は僕の頭と背中をぽんぽん、とずっと撫でていた。
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