昔日の想い

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「金、持ってんだろ?おれらに寄越せよ」  学校にお金なんて持って来ていない、これから僕はどうなってしまうのだろうと、考えただけで足が竦んだ。鞄で顔を隠し、手と足の震えが止まらなかった。 「何してんの?」  その声に不良グループは振り向くと、その中の一番偉そうな奴が慌てて答えた。 「成瀬先輩!」 「だからさぁ、何してんの?」 「あ、コイツ、金持ちのくせに公立中学なんかに入学したから、ちょっと世間を分からせてやろうと思って!」 「漣、大丈夫か?」  そう言いながら傍に歩み寄り、颯祐が僕の頭を撫でたものだから、不良グループ達は目を向いてこっちを見ていた。 「そ、颯祐…」  僕は恐怖と、それが解かれた安堵から、涙がボロボロと流れて止まらなくなった。 「漣の事、泣かしたな」  ギロッと不良達に振り向いた颯祐の顔は、余程恐ったのだろう。不良達は、逃げる事も出来ずにその場で足を震わせていた。 「今度、漣に何かしてみろ、俺がお前らタダじゃ置かねぇからな」  その言葉を受けて、 「は、はいっ!」  声を合わせて応えると、二年の不良達は頭を下げて一目散に走り去って行く。颯祐の凄さをまたひとつ実感する。  走り去る不良達を睨んだ颯祐の目は、僕に振り返った時には優しい瞳に変わっていた。   「漣、オマエなんで此処に来た?」  颯祐と同じ中学に入学した事を、呆れた様に眉を下げて訊いてきた。  だって僕は颯祐とずっと一緒に居たかったから、小学生の時の様に、一緒に家を出て学校に通いたかったから!心の中で叫んでいた。 「そ、颯祐が楽しそうだったから…。きっと楽しい学校なんだと思って…」 「俺?別に楽しくねぇよ」  そう言いながら、僕の鞄を手に取ると 「帰るぞ」  そう言って、僕の手も取った。  昔を思い出した。颯祐はよく僕の手を取って、色んな所を一緒に走った。  ドキドキした。手を繋ぐのは久し振りで、思わず握られた手をギュッと握り返した。握り返された力が強くなっていた事は、颯祐も気付いていただろう、それでも黙って手を繋いでくれていた。 「何かされたら、絶対に俺に言えよ」  立ち止まって振り向くと、僕を見下ろして切なそうに笑う。この時、颯祐の身長は既に180cmを超えていて、まだ大きくなかった僕は颯祐を見上げた。  小学校の時と同じ、颯祐は皆の人気者で憧れで、僕が現れた事でやっかむ人も出てきていたが、何よりも颯祐が僕を大事にしてくれるので、誰も僕に嫌がらせをする事は出来ない。  颯祐の母親が僕の家の家政婦さんだと知っても、僕の事も颯祐の事も、誰一人として変な目で見ない。それはきっと颯祐の人徳なのだろうと、しみじみと思った。
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