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「漣、皆んな見てる」
たくさんの人が通り過ぎる中、大きな男二人が、通りの真ん中で抱き合い、一人は泣いている。視線が集まるのは当然で、ふっと我に返る。
「ご、ごめん」
離れたくなかったが、颯祐の胸から顔を離し、背中に回した腕を緩めそのまま颯祐の手首を掴んだ。颯祐は拒絶するわけでも、握り返してくれるわけでもなく、そのまま二人で立ち竦んでいた。
避けて流れる人の波、僕達は川の真ん中にある大きな石の様だった。
「暑いな、どこかで冷たいものでも飲むか」
颯祐が微かに笑って、掴まれている手首を僕の手から外した。
このまま黙って去る事は流石に気が引けたのか、仕方なくそう言った様に聞こえて切なく思う。
「うん…」
嬉しいのか切ないのか苦しいのか、僕は何だか分からないまま颯祐の後ろを歩いた。以前なら後ろに振り向き「隣りに来いよ」そう笑って手招きをしてくれた。大きい筈の颯祐の背中が小さく、そして遠くに見える。
「ここでいい?」
大きな通りを外れると一気に人が減り、静かな通りに面した珈琲店の前で立って、僕に訊いた。
「うん」
扉を開けると、カランコロンと軽快なドアベルが鳴る。カウンターの中で中年男性の微笑みと、店中に広がるコーヒーの香りが僕達を出迎えた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
店内を軽く見回して、
「ここ座る?」
颯祐がボックス席を指差したが、店の主人がいる方ではない、窓に面している方のカウンター席に目を遣り
「あっちがいい」
と視線を送った。
颯祐と真向かいに座るのが怖かった。自分の顔の表情を見られるのが嫌だった。
カウンター席は一人で来店する人用なのだろう、座ると案外距離がある。
「遠くない?」
颯祐がチラリと僕を見て言う。
「うん…」
そう言って僕が椅子を動かそうとすると、颯祐がガタガタと椅子を動かして僕の傍に近寄った。
他に客は二組。カップルらしき二人と、一人で来ている人は本を読みながら、おそらくコーヒーだろうか、飲んでいた。
言いたい事も、訊きたい事もたくさんあるけれど、何から言えば、何から訊けば良いのか分からずに黙ったままになり、二人でただ窓の外の景色を見ていた。道路の向かい側にある店の、アルミの立て看板に当たって反射する陽が眩して目を逸らす。
「何にしますか?」
中年女性は奥から出て来た様で、僕達の後ろに立って注文を訊く。颯祐はアイスコーヒーを、僕はアイスカフェラテを頼むと、にっこりと笑って女性は頭を下げた。
「暑いな」
颯祐が言う。
「いつ東京に?」
颯祐の暑いな、には応えずに僕は訊いた。
「昨日。明日帰る」
ザワザワする、胸がどうしようもなく騒ついて落ち着かなくて、息が苦しくなる。
「他に好きな人が出来たのなら、言ってくれればいいのに」
涙を堪えて、僕は漸く言葉にした。
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