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颯祐は黙ったままで何も言わない。
「理由くらい、僕だって訊きたいよ」
本当なら大きな声で叫びたい位だったが、店の雰囲気がそれを抑えてくれて、静かに言葉に出来た。
「ごめん」
颯祐が謝ると、アイスコーヒーとアイスカフェオレが運ばれて来た。
「ごゆっくりどうぞ」
穏やかな微笑みをくれると、女性はまた奥へと戻って行った。
「謝ってくれなんて言ってない。どうしてなのか理由が知りたい」
僕はもう、昔の僕じゃないんだ。颯祐にいい様に言いくるめられたりしない。
「最後になった電話の時、誰がいたの?」
電話に出たのが颯祐だと思い、「逢いたい」とか「浮気してない?」とか言ったけれど、その電話に出ていたのは颯祐ではなく、「電話をかけ直す」と言った颯祐の声が最後になった。
あれから三年、何の音沙汰も無かった。
「ホントに、ごめん」
ストローに手をやる颯祐の指を見て、二人の時の事を思い出す。あの指で、ストローを咥えるその口で、僕を…下半身が疼いて僕もアイスカフェオレを慌てて飲む。
また沈黙が流れた。
「九州に行こうって決めたのは、高校に入ってからでさ」
突然に颯祐がそんな事を言い出した。
「絵を教わる為でしょう?」
そんな事知ってる、と言いたげに僕は言う。
「…… 違う。絵を教わる為じゃない。」
僕は飲んでいたストローを口に咥えたまま、軽く颯祐の方に顔をやった。
「お前を、漣を忘れる為」
僕は固まった。何を言っているんだろう、そう思った。
「だけど毎日一緒にいて、お前は俺を虜にするばっかりで、キスして…その先もしてしまったら、どうにもならない位好きになった」
「だったら何で?九州に行くのを止めなかったの?ずっと一緒にいれば良かったじゃないか」
ああ嫌だ、また涙が込み上げてくる。
「迷ってた。漣を忘れなきゃいけないと思う俺と、忘れたくない俺で、どうしていいか分からなかった」
どうして?どうして僕を忘れなきゃいけないの?男同士だから?心の中で問い掛けて、黙ったまま颯祐を見つめていた。
「最後になった電話、取ったの母さんだったんだ」
祐実おばさん!? 途端に顔が赤くなってしまう。祐実おばさんに、あんな事を聞かせてしまった。
「やっぱりね、って俺達の事気付いてて、天海の家に迷惑を掛けるなって、泣かれてな」
「それで祐実おばさん、天海の家の手伝いを辞めるって言ったんだ…」
独り言の様に僕は呟いた。
「漣が、大きな学園の跡取りって、俺だって分かってた。だから忘れようって思ったんだよ。でも、漣を知れば知るほど、俺のものになればなるほど…その手を離すのが難しくなった」
颯祐の目に、微かに涙が溜まっていた。
「本当にごめんな、あんな事して」
あんな事?何を?連絡をくれなくなった事?それともまさか、恋仲になった事を言っているの?
僕の眉間に皺が寄った。
「颯祐は後悔してるの?僕との事」
今にも泣き出しそうな僕の顔を見て、すぐ目を逸らして顔を背けた。
「いつかは漣も、後悔する日が来るよ」
「も」って何!?颯祐は後悔してるの!?
「僕は一度も後悔した事なんかない!」
大きな声を出して立ち上がってしまった。
他の客も店の主人も驚いて僕を見た。
「す、すみません…」
皆に謝って、椅子に座り直した。
紅潮する。
恥ずかしさと、怒りとも悲しさとも言えないやるせない気持ちが僕の心を支配した。
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