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「颯祐を諦めたくない」
ホテルの部屋の、扉の前に立ちはだかり颯祐を帰さない。
真剣な顔で僕を見る颯祐の目が少し怖かったけれど、ここで挫けちゃいけない。だって、僕を愛してくれたあの手もその唇も、昔とちっとも変わっていない、颯祐だって僕を想い続けていてくれた筈だ。
「俺は、母さんを悲しませたくない」
それを言われてしまったら、僕はどうにも出来なかった。でも、
「僕を悲しませるのは、平気なの?」
平気な筈だ。三年も放っておかれたのだから。分かってる、でも、聞きたい。颯祐の口から、「お前が悲しんでも何でもない」と、いっその事そう言って欲しい。そうしたら、諦めもつくかも知れない。
「平気だ。漣が悲しんだって、泣いたって、何とも思わない」
そう言って、颯祐は涙を溢したから、僕だって涙が溢れて颯祐に抱き付いてしまう。
泣きながら颯祐は、僕をきつく抱き締めてくれた。
「何で俺達、出逢っちゃったんだろうな」
抱き締めた首筋に顔を埋めて、颯祐は声を殺して泣いているから、僕は堪らず嗚咽交じりに、しゃくり上げて泣いてしまう。
◇◆◇
「祐実おばさんには会っていかないの?」
翌日、九州に戻る颯祐を空港で見送る時に訊く。
「ああ、東京に来てる事も言ってない」
僕との事を知ってから、祐実おばさんは颯祐との連絡を、必要最低限にしか取ってない様だった。
「今度、そっちに行ってもいい?」
恐る恐る訊いた。駄目だと、言われる覚悟で。
「… ああ、おいで」
躊躇いがちに答えた颯祐だったけど、僕は嬉しくて満面の笑みになる。その笑顔を見て颯祐は、ふふっと笑った。
「その笑顔、たまんないな」
僕の頭をわしゃわしゃと撫でると、手を振って手荷物検査場へ向かって行った。
就活の面接で東京へ来ていた。東京に戻ってくるのかとか思って喜んだけど、本社が東京だったからで、東京に戻るつもりはないと聞かされ、がっかりした。
それでも、また颯祐に逢えた。颯祐と愛し合えた。これからも、逢える、きっと…。
それから僕はまた、颯祐と電話やメールが出来る様になって、ご機嫌だった。
「天海君、何かいい事あったの?」
身体中から音符マークが出ていると、嬉しそうに加藤君に言われる。
「うん!」
颯祐との事を話した。加藤君は、涙を流して喜んでくれて、僕はそれにびっくりする。
涙を拭くと空を見上げて、俺も頑張ろう!と両手を上げている加藤君。何を頑張るんだろう?と不思議に思って訊ねた。
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