昔日の想い

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「僕も高校は『天海』に行く!」  鼻息荒く颯祐(そうすけ)に告げると、驚いた顔をして 「駄目だ。また駄々捏ねるのか?」  中学受験をしない、と言って聞かなかった僕をいつの間にか知っていて、少し恥ずかしくなって紅潮した。 「だって、」  颯祐と一緒にいたい…そう言おうとして言葉を飲んだ。 「だって、何?」 「何でもない。帰ろう」  帰ってからも僕達は一緒にいられるから、帰る事が寂しくも憂鬱でもない。  家に帰って荷物を置くと、僕は勉強道具を持って颯祐の住む離れの家に向かう。勉強だと言えば、親も颯祐の母親の祐実おばさんも何も言わなかった。  裏口から出て、中庭を通ると離れの家がある。平家の2DKで狭かったけれど、陽当たりは良く、冬はポカポカとして、よく窓際で寝てしまっていた。  ピロン、と颯祐のスマホのメール着信音がして、手に取った颯祐がフフッと笑ったのが、酷く胸を騒つかせた。 「誰から?」  そんな事を訊いたら嫌がるだろうと思ったが、訊かずにはいられなかった。 「ん?クラスのヤツ」 「ねぇ、ここ、この問題が分からない」  そのメールに返信させない様に、すぐさま僕は数学の問題を指差して、颯祐の意識を自分に向けた。 「ん、ちょっと待って」  そう言いながらスマホを手にしたので、僕はカァッと頭に血がのぼるのが分かった。 「やめてよ!勉強中に!」  スマホを持つ颯祐の腕を思い切り叩いてしまい、スマホが畳の上にドスンと落ちる。  僕がそんな風にするのは多分初めてで、颯祐は酷く驚いた顔をしたが、そうした自分も自分に驚いて、次の瞬間、狼狽えた。 「ご、ごめん…なさい」 「いや、そうだな。勉強中にごめんな」  スマホを拾うと、僕がいる反対側の畳の上に伏せて置いた。気まずい空気が流れる。 「本当にごめんなさい…。あの、僕…帰る」  颯祐の傍にいるのが辛かった。全く知らない颯祐を知らされた様で、胸がズキンと痛む。 「俺こそ、ごめんな」  謝る颯祐に首を振りながら、教科書や参考書を纏めてトートバッグに突っ込み、逃げる様に颯祐の家を出て走った。涙が出てきて止まらなくて、裏口の前で暫くの間泣いていた。  漸く涙も止まり、腕でゴシゴシと顔を拭いて家に入る。 「おかえりなさい。早かったわね、颯祐くんの所に居たんでしょう?」  リビングで調べ物をしている母親が、声を掛けてきた。 「お母さん、スマホが欲しい」  僕はまだスマホを持っていなかった。まだ早い、と言われて与えては貰えなかったのもあるが、僕自身、さっきの颯祐の様子を見るまで、必要とも思っていなかった。 「まだ駄目よ」 「何で?クラスの皆んな、持ってるよ!」 「必要ないでしょう?」 「颯祐だって持ってるし!」  颯祐とスマホでやり取りがしたい、そう思った。毎日顔を合わせているのに、今以上に颯祐と繋がりたかった。 「じゃあ今度、お父さんに聞いてみるわね」 「どうして!?お父さんに聞かなくたっていいじゃない!」  父親はきっと、何故必要なのか訊くと思った。何か適当に答えればいいのは分かっている、でも何だかそうする事も面倒で、とにかく颯祐と繋がるスマホがどうしても欲しくて、少し大きな声で母親に詰め寄った。
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