0章 彼女の正義・前編

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0章 彼女の正義・前編

暗い洞窟の奥を、人魂のような光がさまよっている。 揺れる小舟にふせったまま、リュンケウスは仲間のかかげ持った松明(たいまつ)を、息も絶え絶えに眺めていた。 まるで臨終に幻覚を見ている老人のよう。でもべつに、感慨にふけっていたわけではない。ただ最悪の船旅の直後で、一瞬意識が遠くなったのだ。 外の海は大荒れで、岩壁を叩く波の音が爆音のように伝わってくる。鳴り響く風音が、獣のうなり声にそっくりだった。 「おい、どうした?」 一足先に降りたグレナデンが呼びかけた。 せまい入江の奥で、黒々とうねる波が、粗末な小舟を揺らしつづけている。 リュンケウスは小舟の縁にしがみつき、なんとか声を絞りだした。 「船酔いした……」 はいあがろうと岸に手をのばしたとき、入り江に高波が押しよせて、次の瞬間には、小舟ごとひっくり返ってしまった。
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