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旅路
大正三年に開業した東京駅発横須賀線二等車の窓の向こうには、白日照り返す港湾に商船が幾艘も浮かんでおりました。
発車の合図を耳にした時には胸踊らせ、移ろう景色に夢中になっていたのに、何時しか瞼を閉じてしまっていたのでしょう。
私は直ぐに左の手を開きました。
夢の中でも固く結んでいた掌に乗車券が貼り付いて、汗で皺々になっておりました。
日付は大正十二年六月三日。
波音を運ぶ風が印字の駅までの行程を知らせてくれます。
でも私達が目指すのは目的地よりも、未来よりも遥か向こう。
「疲れました? 横浜に着きますよ」
銘仙の着物に置いた指に視線を落とすと、横から白い手が伸びて髪を撫でてくれました。
「いいえ。揺れが心地好くて。暖かくて、つい」
そう答えれば、私の傾げた頭は再び細い肩の上に寄せられました。
「仲の良い姉妹ですねえ。面立ちも着物の柄まで良く似ている」
横浜駅から乗車したロイド眼鏡を掛けた中年男性に声を掛けられました。
笑いながらお姉様と顔を見合せます。
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